日本の表装技術を世界基準のコンサベーションに/文化財保存修復学科 准教授 杉山恵助

インタビュー 2019.11.21|

美術品や文化財の保存修復の技術は、古来より、「表装技術」(書画を巻物や軸に仕立てる表具の技術)として受け継がれてきました。しかし私たちは通常、美術品や巻物を鑑賞する機会はあっても、それらを修復する場に立ち会う機会は、ほぼありません。
本学で教鞭を執る杉山恵助(すぎやま・けいすけ)准教授は、この日本の表装技術を世界基準のコンサベーション(保存修復)の一つとして、欧米の美術や文化財の修復に関わる人たちに教えている、今注目の人です。杉山先生にこの仕事をすることになった経緯を伺いました。

老舗の修復工房での修行。海外のコンサバターとの出会い

――杉山先生は大学時代、どんな学問を学ばれたのですか?

学生当時は「文化財科学」を専攻していました。考古学、歴史、美術史、保存科学といった範囲を幅広く学び、それから西洋絵画修復、掛軸や屏風の作製といった授業も履修しました。

その後、京都の伝統的な修復工房「宇佐美松鶴堂」で修復・表具の技術を一から教わりました。先輩たちの技術力に少しでも近づけるように努力する毎日だったので、「就職する」というより「修行に行く」という表現が近いかもしれません。昔ながらの徒弟制が少しだけ残っていた時代です。

――どのようなきっかけで海外の美術館に?

その伝統的な修復工房で、海外から研修のために来られる保存修復士(コンサバター)の方々と出会ったことがきっかけでした。そのことが強い刺激となって、まだ知らない他国の修復技術に興味を持ちました。当時の日本は、海外の技術や知識を学ぶことが困難な状況だったのですが、幸運なことに、2003年に、「フリーア美術館」(アメリカ/スミソニアン協会が管理・運営する博物館の一つ)で、3ヶ月間研修をさせてもらうことができました。

同時に、海外では保存修復士が博物館や美術館の職員として大変重要な役割を果たしていることを実感して、日本でも保存修復士は文化財を修理するだけではなく、作品の保存や管理に関わっていくことが望ましいのではないかと考えるようになりました。

――その後、2007年より大英博物館保存修復の科学部東洋絵画修理部門でシニアコンサバターとして勤務されましたが、ここで働くのはかなりの難関なのではないかと。

僕の場合はどちらかというと、博物館に就職したいという気持ちよりも、自分の修復技術を高めたい、保存修復に関する知識を広げたい、公共機関の職員として保存修復士の業務を知りたい、といった思いが強くありました。海外の博物館での就職はその技術や知識を学ぶための延長線上にあったと思います。

自国にもまたヨーロッパにも大英博物館に就職したい人がたくさんいたなかで、遠くの日本からわざわざ雇ってもらえたのは、伝統的な技術が必要とされる状況下で、その特異な技術が、日本の環境でしか継承できないものであったからだと思います。

――その「特異」の日本の表装技術を、杉山先生はどのような学術として伝えているのですか?

私の専門は、紙や絹を基底材として描かれた文化財の修復です。文化財保存修復学科にて東洋絵画修復ゼミを受け持っていますが、修復対象は、絵画という領域のみではなく、書や古文書、歴史資料なども含んでいます。近年はそれらを総称して「装潢(そうこう)文化財」(装:巻物を仕立てるという意味/潢:染めるという意味)などと呼んでいます。

この大学ではこの装潢文化財修復を講義と演習の授業をとおして、作品の調査方法や修復理念といったことのほか、伝統的修復技術などを学生は学んでいます。この技術は主に「紙・糊・水」といったシンプルな材料を使った日本の伝統的修復技術なのですが、欧米の保存修復士の方々もそれぞれの専門に生かせる部分が多く、それを学びたい方たちにワークショップをしています。

――欧米では、美術館、博物館、図書館といった公共の文化施設のなかでの仕事が細分化され、保存修復士も専門職として働いていると聞きました

例えば、毎年ワークショップに講師として呼んでいただいている「バイエルン州立図書館」(日本での国会図書館のようなところ)では、現在、紙資料や本、羊皮紙などの修復を行う専門家が13名、サイエンティストが2名働いています。19世紀の建物で、当時は王様しか使用できない大きな階段があるような(笑)、歴史的な図書館施設のなかに保存修復部門があり、司書の方々と共に膨大な所蔵品を保存管理するのに重要な役割を果たしています。具体的には展示作品や貸し出し作品の状態調査や修復を行っています。また作品を貸し出す際に同行するクーリエという役割のほか、大学の教育にも携わっています。

バイエルン州立図書館の内部

――このような場所に招かれるということは、かなり学術としての価値が高いということですね?

そうですね。日本の和紙などを使用した文化財修理の技術は、1970年代頃から世界で広く知られるようになりました。今では欧米でも紙を基底材とする文化財の修復には和紙や小麦澱粉糊を使用することがスタンダードとなっています。さらにその技術や知識を深めたいという方々も世界中に多くいらっしゃいます。

1980年代からは、「ICCROM(イクロム)」という国際的な文化財保存の団体と東京文化財研究所が共同で、海外から修復業界で働くプロフェッショナルの保存修復士たちを招いて修理技術を学ぶ機会を作っています。現在ではそれに参加した200人以上がそれぞれ自国で日本の修復技術を伝えています。他にも東京文化財研究所ではドイツやメキシコでもワークショップを行い、世界中の保存修復士に日本の技術を広めており、私も客員研究員としてお手伝いさせていただいています。

 
2019年6月、アメリカ・ニューヨークの「メトロポリタン美術館」にて、全米の東洋絵画研究者、科学者、コンサバター(保存修復士)など招待客120名を前に講演。

――世界では、日本の表装技術をどう捉えられているのでしょうか

この業界で重要なのは「可逆性」です。分かりやすく言えば、後から取り除けること、元に戻せることです。修復の過程のなかで加えた接着剤や絵具、補強材などをすべて除去して元の状態に戻せることです。

日本の和紙と小麦澱粉糊を使用した伝統的な技術と、「可逆性」を大切にする世界的なコンサベーション(保存)の考え方が、がっちりと一致していると言えます。和紙という薄くて丈夫な素材を用いることが紙資料の修理業界におけるスタンダードになっています。

――先人が修復したものに、その「可逆性」を感じることはありますか?

何時間、何十時間と修復を通して本紙(作品)と対面していると、100年、200年前になされた修理を紐解きながら「あんなこともしている」「こんなこともしている」というのが分かるんです(笑) 修復対象をとおして、時間を超えて先人たちとつながれることが、この仕事の素敵なところだし、文化財修復に携わるものとしての醍醐味だと思います。

――100年、200年と隠してたものをめくるみたいな?

そうそう(笑) 修復する作品と至近距離で長時間作業をしていると、いろいろと見えてくるものがあります。例えば、糊を濃くしてしまうと剥離が困難になりますが、剥がれやすくなってたりすると、「あ〜、次の修理のことを考えて糊を薄くしてくれているんだな」とか感心しますし、高い表装技術が垣間見れた時には「うわぁ、この継ぎ目めちゃくちゃ細いなぁ、格好いいなぁ」と、時を超えて先人とコミュニケーションを取っているような気持ちになり、うれしくなります。

後世に文化財を伝える重要性と保存修復の面白さを伝えたい

――これから修復士を目指す人と、杉山先生ご自身が目指していることは何ですか?

最近のテレビのニュースなどで、文化財から隠れていた新事実が発見されたというニュースを聞く機会が多くなってきたと思います。これは、修復をする人たちが職人として仕事をするだけではなく、自分たちが発見した新たな情報を、多くの人たちと共有する機会を増やしているということだと思います。

今までは職人・技術者だけが感じて楽しんでいた情報を発信(アウトリーチ)して一般の方々と共有していくことが、後世に文化財を伝えることの重要性を共感していただくことにつながっていくのではないかと思っています。また、文化財の保存と修復について海外のコンサベーションの視点を持ち合わせた、国内の美術館で活躍できる人材を増やしていくことに貢献できれば思っています。

――まだまだ日本でも、保存修復の環境は充分ではないのですね

この大学で文化財の修復を学んでいる学生たちは、自分の地元のものを守っていきたいという観点から、保存修復の必要性を知っていて、伝えていこうとする責任感も既に持っていることに感心します。近年、文化財の大切さ、その保存することの大切さは一般の方々にも広く理解されてきていると感じます。ただし、文化事業への国や地方自治体の予算などを見ていくと、他国に比べてその意識が高いとは言えないかとも思えます。

以前、大学の事業として山形県立博物館で行われる特別展のお手伝いをさせていただきました。展覧会に出品される作品すべての状態調査を行い、そこから時間と予算などを考慮して適切な処置を提案し、学芸員の方と協議して作業を進めました。また展示方法などについても提案させていただくなど、ただ修理をするだけではなく、作品の保存の観点から展覧会に加わらせていただきました。

このようなことは欧米の博物館・美術館では日常的なことなのですが、日本では限られた予算のなかで、なかなか実践することが難しいことでもあります。興味のあることはたくさんありますが、まずはこのような実際の機会を、今後も増やしていきたいと思っています。

美術館や博物館に展示されている美術品や古書は、私たちの生活とは遠く感じますが、杉山先生のような保存修復の技術をとおして、先人たちがどんな工夫を凝らして未来へ文化を残そうとしたのかを、身近な感覚として私たちも知ることができました。
すでに世界基準での視点をもって保存修復の技術を学んでいる本学の文化財保存修復学科の学生たちの、今後の活躍が楽しみです。
(取材:企画広報課・樋口)

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東北芸術工科大学 広報担当
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