保存修復の世界って、こんなに面白い!ーー日本の技を未来へ、世界へ。最前線で学ぶ文化財修理の世界/歴史遺産学科長 杉山恵助 教授 × 文化財保存修復研究センター 元喜載 准教授
インタビュー
#教職員#文化財話題の美術品から海外の美術館が所蔵する屏風まで─。いま、東北芸術工科大学の「文化財保存修復研究センター」に、国内外から熱い視線と修復の依頼が寄せられています。
現場の最前線と、学生たちに開かれた圧倒的な実践の学びについて、歴史遺産学科長の杉山恵助教授と同センター研究員の元喜載(ウォン・ヒジェ)准教授にお話を伺いました。
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文化を支えてきた「修復」という仕事
――はじめにこれまでの経歴を教えてください
杉山:僕は山形県鶴岡市の表具屋(掛軸や屏風の仕立て・修理を行う店)で育ったので、高校時代にこの道を志すことを決意し、大学で文化財科学を専攻しました。京都の修理工房である「宇佐美松鶴堂」で10年間、修理技術者として経験を積み、その後イギリスの大英博物館で数万点に及ぶ日本絵画の保存修復に携わりました。その経験を日本に還元したいと東北芸術工科大学へ。現在は教育・研究に加え、現場で作品を保全・管理するコンサバター(保存修復の専門家)としても活動しています。
※2026年度から文化財保存修復学科と歴史遺産学科が統合し、新たな「歴史遺産学科」としてスタート。同学科内に「文化財保存修復コース」と「歴史遺産コース」を設置し、両領域の専門性はそのままに、連携と融合を深めることで学びの可能性が大きく広がっている。杉山教授は、文化財保存修復コースのコース長も務めている。
元:私は韓国の美術大学を卒業後、仏画を学ぶ中で修復の専門分野を知り、描くこと以上に修復することに惹かれ、この道を志しました。来日後は日本語学校を経て別府大学で文化財修復を学び、九州国立博物館内の修復工房で国指定文化財の修復に携わりました。その後、東京文化財研究所で海外保有の文化財保護や国際研修に関わる中で杉山先生と出会い、ご縁があって現在は東北芸術工科大学文化財保存修復研究センターで研究員を務めています。
杉山:毎年ベルリンで開催されるワークショップでご一緒する機会があってね。元先生の素晴らしい技術と仕事ぶりは以前からよく知っていたので、本学にご縁があって着任された時は本当に嬉しかったですね。
――お二人とも多様な現場で経験をされていますが、保存修復の仕事にはどのような社会的役割があるとお考えですか
元:本当に光が当たりにくい、裏方のような分野です。作家さんのように名前が表に出る仕事でもありません。ですが、古い作品が今こうして目の前に存在しているのは、いつの時代も誰かが修復し続けてきた証拠です。そうして文化を陰で支え、未来へ手渡していく。それが修復士の役割だと考えています。
杉山:形ある物は必ず劣化するため、誰かの手で直されたものしか後世には残りません。僕たちが今目にする屏風や掛軸、襖絵(ふすまえ)も、何百年も前から表具師たちが修復を重ねて受け継いできたものです。現代では科学的な分析や調査が加わり「学問」になりましたが、和紙や糊を扱う技術や材料の本質は、400年前の職人と変わりません。
海外へ渡った作品が再び一つに─つながった狩野派襖絵
――テレビや新聞でも大きく報道された宮越家の襖絵プロジェクトについて教えてください
杉山:2024年に美術史家の山下善也先生が青森県中泊町・宮越家の襖絵『春景花鳥図』をご覧になった際、1987年に大英博物館で展示された作品を思い出されたことが始まりでした。そこから調査が進み、もともと表裏の関係にあった大英博物館とシアトル美術館の作品に加え、宮越家の襖も一続きのものだと判明したんです。私自身も依頼を受けて現地で調査を行い、大英博物館とシアトル美術館のコンサバターと一緒にこれらがひと続きのものだという物証を探る調査を行いました。そうした一連の調査を経て、中泊町の修復事業を本学の文化財保存修復研究センターで正式に受託することとなりました。東京都美術館開館100周年記念の「大英博物館展日本美術コレクション」出展時には、絵具の剥落を防ぐ応急修理を元先生たちが施して搬入し、現在は宮越家が所有する二面の竹図襖絵の修復をお預かりし、修復を進めています。
――具体的にはどのような修復作業を行うのでしょうか
杉山:描き直して当時の鮮やかさを再現するのではなく、今残っているオリジナルの表現を引き出すことが私たちの役割です。汚れのクリーニング、欠損部の補彩に加え、裏に貼られた古い和紙を取り除いて新しい和紙で補強し、作品が持つ本来の力を取り戻していきます。
元:彩色の痛みが激しい部分には、表面を糊で保護しながら進める「表打ち」という非常に手間のかかる技法を選ぶこともあります。国宝だから、海外の所蔵品だからと特別視するのではなく、損傷やカビの程度など作品個々の状態を見極めてアプローチを決めていきます。今回の襖絵は表面の損傷自体は比較的軽微でしたが、奈良の談山神社から宮越家へと受け継がれる過程で、本格的な解体修理や応急処置がなされた痕跡がありました。
――修復するからこそ見えてくる、新たな発見もあるのでしょうか
元:解体作業を進めている今しか歴史の証拠を拾い集めるチャンスはありません。作品を綺麗にするだけでなく、「どういう経緯でここまでつながってきたのか」を修復と一緒に読み解いていく部分に、この仕事の難しさと大きなやりがいを感じます。
杉山:襖絵の国際共同研究調査では物証による裏付けに挑み、襖の縁が一本だけ入れ替わっていることや、双方の襖の全く同じ位置に焦げ跡があることを発見しました。現在修復を進めている竹図襖絵もその構造は複雑で、裏面には様々な情報が眠っています。大学の研究機関として、修復を行いながら、同時にその作品の構造や過去の修理を調査分析し、その来歴を解明することも重要な役割と考えています。
元:そうした調査から得られた情報と共に、宮越家の竹図襖は修復完了後、地元の博物館に収蔵される予定です。地域の大切な文化財として守られ、次世代へ引き継がれていくのは本当に嬉しいことですね。
「残す」か「直す」か。国境を越えた対話
――ポーランドのポズナン国立美術館が所蔵する『芦雁図屏風(ろがんずびょうぶ)』の修復プロジェクトは、考えをめぐって大きな議論があったと聞きました
杉山:このプロジェクトの原点は、以前本学で教えておられた牧野先生(本学元教授で現在は東北古典彫刻修復研究所・所長)が現地で美術品の修復をしていた際、「この屏風を直せないか」と相談されたのがきっかけです。その後、元先生が現地へ赴いて調査を行い、修復計画を立てました。現地コンサバターであるヨアンナさんも来日して本学を訪れ、この作品が現地でいかに大切にされているかを語り、学生たちとも交流を深めました。

元:2023年に現地調査をし、日本のオーソドックスな修復方法で仕様書を出したのですが、現地から「縁や裏紙も含めて一つの作品だから変えられない」と難色を示されたんです。私たちは100年、200年先まで作品を保存するには新調がベストだと考え、議論は平行線を辿りました。そこで、双方の修復現場を知る杉山先生に間に入っていただきました。杉山先生からは、「海外では作品が現地へ渡ってきた歴史や、過去の修理の痕跡そのものを残すべき情報として捉えるため、美しく整えるために部材を新しくする日本の修復文化とは根本の観点が異なる」というアドバイスをいただきました。ポーランドに唯一存在する一双(いっそう)の屏風だからこそ、どんなに状態が悪くても全部残したいという現地の皆さんの熱意がありました。3年に及ぶディスカッションの末、作品を貼る内部の組子(屏風の内部構造)だけは新調し、外枠の縁などは私たちが工夫して修復・再利用する方針となりました。
杉山:どちらの技法が正しいというわけではなく、作品が辿ってきた歴史的痕跡を尊重する現地の意向と、構造的な安定と美観を求める日本の技術のすり合わせですね。双方にとって最善の着地点を探る、こうした対話型のプロセスを経ることも、これからの保存修復において重要だと思います。



ポーランド・ポズナン国立博物館所蔵の《芦雁図屏風(Wild Goose and Reeds)》
本格的な解体修理に着手することとなり、この事業は、公益財団法人住友財団による2026年度「海外の文化財維持・修復事業助成」を受けて実施するもので、2026年5月から2028年12月までの約3カ年にわたり取り組む
国境を越えるネットワークと、大学の研究機関ならではの強み
――海外からも修復依頼や研修の相談が届くなど、高い信頼を集める理由は何でしょうか
元:杉山先生が大英博物館などで築かれた国際的なネットワークの存在が大きいですね。日本の修理技術を学びたいという海外のコンサバターは多く、本センターにも、技術相談や研修の打診が次々と届いています。
杉山:和紙と糊(のり)を用いる日本の伝統的な修復技術は、海外の修復現場でも非常に関心が高いんです。海外でのワークショップなどを通じて技術交流を重ねる中で、国境を越えた「人のつながり」が生まれ、それが次の修復依頼や共同研究につながっています。
――本センターならではの特色や強み、また学内に本センターがあることで、学生はどのような実践経験を得られるのでしょうか
元:最大の強みは、修復現場と教育・研究機関が一体となっている点です。実際の修復作業を進めるのと並行して、その作品の学術的な調査研究を行い、論文や報告書として成果を社会や所有者に還元できる環境が整っています。
杉山:本センターには、東洋絵画修復、西洋絵画修復、立体作品修復、さらに保存科学の専門家が揃っており、内部構造を3Dで可視化できるX線CT撮影装置など高度な分析機器も備えています。材質や構造を学術的に分析・記録し、多様な素材の修復にも対応できる総合的な保存修復の拠点として機能しています。
元:だからこそ学生の学びも非常に濃密です。卒業研究などで受託作品を扱う際は、教員指導のもとX線CT撮影装置等も活用しながら、修復の一連の流れに深く関わります。
杉山:東洋絵画修復室ではインターンシップ制度を設け、授業外でも受託研究に参加できる環境を整えています。糊炊き(のりたき)※などの材料準備から段階的に実践での現場技術を学べる大学は、国内に他にはないと思います。
※小麦澱粉を水で溶き、加熱・攪拌(かくはん)して糊を作る。長期間熟成させた「古糊(ふるのり)」は、掛軸修理に欠かせない重要な材料となる。
元:学生たちもこの恵まれた環境を実感していますね。海外からの研修生との交流や、大英博物館でインターンを経験した卒業生、米国立アジア美術館でインターンに参加した大学院の修了生の姿を身近に見られることも、今の学生たちにとって大きな刺激になっています。

探究心と誠実さ──文化を守る「チーム」の一員として
――どのような興味や資質を持った人が、保存修復の世界に向いているのでしょうか
元:忍耐強く、地味な作業をコツコツ続けられる人ですね。手先が特別器用でなくても構いません。不器用でも積み重ねで技術は身につくので、「地道な作業を楽しめる心」があれば十分です。
杉山:元先生の言う通り地道な作業の連続ですが、同時に好奇心と探究心も欠かせません。解体した裏紙を観察しながら、数百年前の職人と対話するように深く没頭できる人は、この仕事の面白さを実感できるはずです。技術的な巧拙よりも、作品に対してどこまで真摯に向き合えるかという誠実さが問われます。
元:まさに作品への誠実さですね。地道に向き合い続ける姿勢があれば、技術や知識は後からいくらでもついてきます。
杉山:将来の進路も、修復技術者にとどまらず、行政の文化財担当や学芸員、美術館・博物館の専門職員など多岐にわたります。「文化財を未来へ守り伝えたい」という想いがある人なら、ぜひ飛び込んできてほしいですね。
――最後に、文化財修復の道を志す中高生や受験生へメッセージをお願いします
元:工房で働いて 1年目の頃、バラバラでボロボロだった屏風が、修復を経て美しい姿に生まれ変わった瞬間の感動は今も忘れられません。当時は糊炊きや紙切りなどの下準備程度しか関われませんでしたが、作品の再生に自分が関わっているという達成感は格別でした。皆さんもぜひ本学で、自分が手掛けた作品が地域や博物館へ受け継がれていくやりがいを体験してほしいです。
杉山:修復の世界は、本当に面白いですよ!この記事を最後まで読んでいる時点で、すでに文化財や修復の世界に強い関心を持っている証拠だと思います。修復の現場に入れば、教員も学生も同じ目線で一つの作品に向き合う仲間です。特別な才能や器用さよりも、「歴史あるものを大切に残したい」という純粋な興味が何よりの原動力になります。少しでも面白そうだと感じたなら、ぜひこの世界に飛び込んできて下さい。一緒に文化財を守り伝えていきましょう。

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ニュースで話題になるような歴史的文化財も集まる同センター。研究員の技を間近で学び、在学中から世界レベルの修復現場を目の当たりにできる環境が整っています。何百年も前の職人と対話し、杉山先生や元先生たちと肩を並べて文化財を未来へつなぐ─そんなロマンと熱気にあふれた、胸が高鳴る学びがここにあります。
(文:株式会社 藤庄メディアプラス 小笠原慶子、撮影:法人企画広報課)
国内外から寄せられる文化財修復を担う、文化財保存修復研究センター。大学の研究機関だからこそ実現できる修復と教育の連携、学生の学びにつながる環境を紹介しました。
関連ページ:
歴史遺産学科 文化財保存修復コース
杉山 恵助 教授 プロフィール
東北芸術工科大学 広報担当
TEL:023-627-2246(内線 2246)
E-mail:public@aga.tuad.ac.jp
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