2019年12月に発売された「塩対応の佐藤さんが俺にだけ甘い(小学館「ガガガ文庫」)」が大ヒット中の小説家・猿渡かざみ(さわたり・かざみ)さん。彼は在学時にも大学の取材を受けていて、そのなかで「かっこいい小説家になりたい」と自身の夢を語ってくれていました。その夢を叶えた猿渡さんに、原稿執筆にも利用するという東京・神保町の喫茶店で、在学中のこと、現在のお仕事ぶりについてお話をお聞きしました。
好きなことをもう隠さなくてもいい
物語全般が好きという猿渡さん。本をよく読むご両親の影響もあって、幼いころから本を読むことはもちろん、映画を観たりするのも大好きだったそう。そんな彼にとっては、小説を書くことも、ごく自然なことだったと言います。
猿渡:小説を読むのも好きでしたし、文章を書くことも好きでした。小説って他のものと違って、人やお金の必要がなく、自分一人でもやろうと思ったときに好きなだけできるっていうところに気軽さを感じて、そこから入ったという感じですね。
父親が本を集めていて、僕はそれを読んでいたんですけど、小説家になった後になって、母親から「実はお父さん、小説家を目指していたんだよ」っていうのを聞いてすごくびっくりしました(笑) それから「ああ、やっぱりちょっと遺伝的な部分もあるのか」という風に思いましたね。
進学を考え始めた当初は、東京の大学も視野に入れていたという猿渡さん。オープンキャンパスに参加したことがきっかけで、芸工大への進学を具体的に考え始めます。
猿渡:現役の作家である先生方が、近い距離で、高校生だった僕の話を聞いてくれて。この感じいいなぁ、と思いました。そこから心も東京から芸工大に傾いた感じではありましたね。
大学で小説を教わるっていうのがどんなことなのか、具体的にはイメージできていなかったんです。でも実際に入学してみると、基本的な書き方の技術はもちろん、映画を見たりだとか、いろんな視点で物語について解説してもらえたのが良かった。
中・高までマイノリティだったという猿渡さんですが、大学入学後はその状況が一変。周囲が皆、書きたい・つくりたいという思いを持っていて、さらにモチベーションが上がったと言います。
猿渡:大学2年の時、最終課題を集めて、学生同士で匿名投票して、誰が1位かを決めるイベントがあって、よく憶えています。なんか漫画みたいで良くないですか(笑)
高校までは、周りに小説を書いている人がいなくて、そもそも小説の話もできないような環境でしたから、小説で勝負するというのは、とても楽しい新鮮な経験でしたね。
基本的に小説を書いているだとか、小説が好きっていうのは隠していたし、隠すものだと思っていました。でもひとたび大学に入学してみたら、書いている方が偉い・読んでいる方が偉い、でしたから。だからもう、すごくのびのびと過ごせました(笑)
みんなが小説を書いているという状況に身を置くというのは、すごくモチベーションが上がりました。みんな同じ方向を向いているわけだから、助けてくれたりする部分もやっぱりあるんですよ。書き手にしかできないアドバイスって結構あって、例えばこの文章の表現がどうとか、そういうアドバイスは書く人にしかできない。あとは読み手にもなってくれる。読み手になってくれたうえに、書き手として意見も交わせるという。
作品の感想って、絶対口に出して誰かに言った方がいいんですね。自分の胸だけに留めておくと薄くなりがちというか。感想を交わし合える仲間ができたという点で、文芸学科の環境はとても良かったですね。
――文芸学科で学んだことが今活きている、という実感はありますか?
猿渡:やっぱり、実際にプロの作家である先生方と触れ合うなかで、作家という生きものの生態を知れたというのが大きいですね(笑) 考え方だったり、書き続けるコツを教えてもらったり。そういうのを近くで絶えず聞けた、肌で感じられたというのは、今でも糧になっていますね。
ネットという戦場、小説家の悲喜こもごも
猿渡さんは、大学在学中から小説投稿サイトに自身の作品を投稿し始め、その一年後には角川スニーカー文庫から「若返りの大賢者、大学生になる」で小説家デビュー。その後も現在に至るまで、コンスタントに作品を発表し続けています。
大学を卒業後、正社員として就職し働き始めたものの、作家業との両立にはさまざまな苦労が。
――作家活動とは別のお仕事もされているそうですが、一般的な会社にお勤め、ということですか?
猿渡:在学中にちゃんと就職活動して内定をもらって、卒業と同時に働き始めました。でも、その会社はいろいろ忙しくなってきちゃって転職したんです。就職活動のそもそものテーマが、作家として活動できる時間、自由な時間を確保できること、でしたから。
転職した会社も、やっぱり自由な時間が確保できるところを選びました。
――ちなみに、今はどんな働き方をされているんですか?
猿渡:今は派遣社員という形で、週4日勤務しています。週あたりの勤務日数を1日減らしただけでも全然違いますね。あと何より残業がないというのがいい。
ネット小説で人気を得るためのコツは、やっぱり定期的な更新なんです。情報が溢れている今、その中でちゃんと評価されるためには、定期更新が欠かせないんですよ。それなのに、会社で突発的に何かがあったりすると、僕は計画性がなくて書きだめができないから、更新できなくなっちゃったりするわけです。
もうその辺が全部読者さんに伝わっちゃう。今でも「もう更新しないんですか」とか聞かれるんですが、実はこの質問が一番グサリと来る。ちゃんとやりたいという気持ちはもちろんあるんです…という感じ。
――2足の草鞋は大変そうですね… ちなみに作家デビュー後の今も、ネットでの発表は続けているんですか?
猿渡:未だに主戦場はネットですよ。ネットに載せてみて、人気が出たらどこかの出版社から声がかかるみたいな感じなので。デビューは角川さんですけど、12月に出た新刊は小学館さん。
――あくまでもネットがメインの発表の場になっていて、本になるかはそこでの反響次第ということなんですね
猿渡:そう。最近は結構そっちメインの動きがありますよね。やっぱりどれぐらいうけるかという反応が見られるというのは大きいですからね。出版不況がどうこう言われていますから、売った場合のシミュレーションができるというのは大きいんだろうな、とは思います。
非常勤講師の森田季節(もりた・きせつ)先生※ から、ネットでの投稿についてはいろいろ教わって、すごくためになりました。
※小説家、ライトノベル作家。「スライム倒して300年、知らないうちにレベルMAXになってました」などの作品で知られる。2016年度より文芸学科の非常勤講師。
――ところで、普段週4日お勤めされているということですが、作品の執筆には、どのくらい時間を使っているんですか?
猿渡:時期によってまちまちな部分は結構あるんですけど、本当に忙しい時は、空いている時間は全部使うぐらい。例えば仕事がある日は、帰宅してから日付が変わるぐらいまで。休みの日はもう本当に一日中カフェなんかにこもって書いている感じです。僕、家だと集中できないんです。だから人の目があるほうがいいですね。じゃないとすぐ寝ちゃうから、ダメなんです(笑)(いま取材をしている)このカフェで書くこともありますよ。ここ、作家の先輩がアルバイトをしているお店なんですね。その人とのつながりで利用するようになりました。
――作品の更新はどのぐらいのペースでされているんですか?
猿渡:平均するのは難しいですね。連載を始めたばかりだと、毎日5,000字ぐらいかな。毎日絶対に更新しないといけないので。でも、連載が始まって、ある程度固定のファンが付いて落ち着いてきたら、一週間に一度くらいの更新にしています。
――毎日5,000字はすごいですね…
猿渡:大体、文庫本一冊分を3週間ちょっとぐらいで書きあげるペースですね。
――いつもストーリーの次の展開を考えていなくてはならない感じですね。創作アイデアはどんなふうに考えているんですか?
猿渡:やっぱり仕入れなきゃいけないところもあると思う。でも不思議と、「枯れてきたな」とか「思い浮かばない」っていうのをあまり感じたことがなくて。多分、書くことと同じくらい、読んだり見たりしているから。本当に好きなんですよ、漫画も映画も小説も。読むことに夢中になり過ぎて、あんまり書いていないなんてことも(笑)
――仕事する上で、普段から意識していることはありますか?
猿渡:絶えず外から情報を仕入れるようにしておかないといけないというのは、もう常々感じています。小説は一人でやれるから気軽でいいとか言ったんですけど、一人でできちゃうということは、もうずっと籠ることも可能ってことなんですよ。ただ、それをやっているとやっぱりカサカサになってしまうので、自分の楽しいことでも何でもいいですから、外とつながり続けているというのは、すごい大事だなと。精神衛生上も。
前職の正社員時代と現在の派遣社員時代の間に、何ヶ月かの空白期間があったんですね。その期間は、本当に朝から晩まで小説を書いていたんですけど、気持ち的にきつくなってくるというか、謎の焦燥感に襲われてしまって。
――社会とのつながりがない自分に?
猿渡:そうですね。定職に就いていないことに対して、というよりは、社会とのつながりがない自分にですね。「このままで大丈夫なのかな」的なことをすごく考えちゃって。
でもそんなころ、友だちや作家の知り合いといろいろ話したことですごく救われた。だから、小説を書く上でも、精神衛生上も、外とつながってる感覚はすごく大事です。
――文庫化される場合、作品の内容というのは、WEBで公開したものと同じものなんですか?
猿渡:これは編集者の判断による部分が大きくて、「これはネットで人気が出ているから、そのまま出した方が、今までの読者さんへのサービスという意味でもいいよ」と言う編集者もいれば、「せっかく本にするんだから、買ってくれる人への特別感というか、お金を出して良かったなと思えるようにいろいろ手を加えましょう」と言う編集者もいます。だから全く手を加えずに発刊した本もありますね。
――本になると、イラストが添えられて、新たな命が吹き込まれますよね
猿渡:イラストは本当にそう!あれ、誰が一番嬉しいかというと、僕なんですよ。やっぱり自分の作った世界観、自分の作った遊び場に、他の人も加わってくれたみたいな感覚で、すごく嬉しいんです。完成したイラストを見て、逆に僕の中でのイメージが膨らんだりということもあります。だからイラストで僕が助けられている部分も結構大きいんです。
10代のうちに出会っておくべきものがある
読者からの反応を得られたときが一番うれしいという猿渡さん。「今はそのために小説を書いていると言ってもいい」と話します。
――小説家のお仕事と日中のお仕事との両立は、今後も続けていくのでしょうか?
猿渡:そうですね。ただ僕にも読めない部分がありまして。それこそ、小説が売れちゃったりとか、売れちゃったらいいんだけど(笑)、もしそうなった場合、忙しすぎて会社勤めを続ける余裕がなくなるとか、逆にもう小説が全く売れなくて、今後小説の仕事が来る見込みがないとかになったら、今の職場もどうしようか考えますし。だからもうこのことに関しては全然先が読めないので、柔軟に対応していこうかなと考えています。
――「こんなテーマで書いてみたい」「こんなことに挑戦したい」というのはありますか?
猿渡:今までは、それこそライトノベルらしいというか、わりとライトに読めるものばかり書いてきたんですけど、他にもいろいろ挑戦してみたいという気持ちはありますね。
12月に小学館さんから出た作品(「塩対応の佐藤さんが俺にだけ甘い」)がラブコメでして。この作品の前に5冊出していて、全部ファンタジーだったので、大分新しい試みなんです。だからこの作品でちょっと様子を見て、もしかしたら今後はラブコメばかり書くようになるかもしれません(笑)
ただ、今は目先の原稿に向けて、先のことを考える余裕もなく走っています。ニンジンをぶら下げられた馬的な。
――最後に、芸工大を目指す受験生や作家を目指したいと思っている人たちに、アドバイスをいただけますか?
猿渡:高校生のうちにいっぱい遊んでほしいです。遊ぶというのは、もちろん友だちと遊ぶというのもあるんですけど、小説や漫画、映画、とにかくいろんな作品に触れてほしいと思うんです。
やっぱり10代のうちに触れたものって、その後の人格形成に影響するというか、その時期に読んで衝撃を受けて、作品の基になったりしていることがあるので。今のうちにいろんなものに触れて衝撃を受けるとか、これだと思うものに出会っておくというのは、すごく大事なことじゃないかなと。大学生になるとね、だんだんひねくれてきちゃいますよね(笑) まともな目で見られなくなるというか。だから素直な今のうちにいろいろ触れておいた方がいいと思うんです。
ちなみに、みなさん勘違いしているんですけど、小説家ってそんなにすごいものではない(笑) 僕自身この業界に入って、小説家さん同士のつながりもできたんですけど、みなさん結構普通に生きている方々。普通に結婚していて、子どもがいて、お仕事もわりと普通にサラリーマンをされていたりとか。一緒にいても、好きな漫画の話をしたりして、みなさんが思っているより普通の人です(笑)
「先生」の呼称で呼ばれることもあるという猿渡さん。その度、いまだに「誰のこと?」と思ってしまうそう。純粋に書くことが楽しくて仕方がない、そんな印象を持ちました。一方で、自分にとって何が一番大切なのかをしっかり捉えていて、読むこと、書くことに集中できる環境を整えてきたことも窺えました。
読者からの反応が糧となって、また次の作品へと昇華される、好循環が生まれています。
(撮影:志鎌康平 取材:渡辺志織、企画広報課・須貝)
取材で訪れたお店「眞踏(まふみ)珈琲店」は、本の街・神保町にあります。店内は本棚に囲まれていて、まるで図書館のよう。読書しながら、おいしいケーキとコーヒーをいただけます。原稿を執筆する猿渡さんに会えるかもしれません。
眞踏珈琲店 東京都千代田区神田小川町3-1-7
東北芸術工科大学 広報担当
TEL:023-627-2246(内線 2246)
E-mail:public@aga.tuad.ac.jp
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