締め切りについてかんがえる
新学期が始まった。新生活を送る1年生のみなさんはきっと緊張の連続だろう。新入生だけではなく、新入生を迎える教員だって同じく緊張するものである。とはいえ、気持ちが引き締まって新しい何かを始めよう!という気分になる緊張感はいつも良いものである。
わたし担当のスタートアップクラスの野外での授業風景
で、気が緩んだときが危険であるということも、誰にも当てはまる。そんな季節にふさわしいレコードを聴きたいな、と思って、レコード棚からこのたび選んできたのはこちら。
日本盤
キャロル・キング(Carole King)の「イッツ・トゥ・レイト(It’s Too Late)」である。1971年の彼女の名盤中の名盤『つづれおり(Tapestry)』に入っている。邦題は別にもう一つあって「心の炎も消え」ということでわかるように、これは失恋の曲である。が、人生において手遅れにすべきでないものは、恋愛に限らない。大学であれば、次々と迫り来る課題である。わたしも論文の締め切りに対して余裕を持って対処できる方ではないので、“it’s too late” とならないようにとギリギリで焦る学生の気持ちはよーくわかる。なので新年度が始まったばかりのこの時期に、自戒を込めてこの曲を聴きたいのである。
Stayed in bed all morning just to pass the time
朝はずっとベッドにいて時間を過ぎるのを待つだけThere’s something wrong here, there can be no denying
何かがおかしい、これは否定できないことOne of us is changing, or maybe we just stopped trying
2人のうちの1人が変わったのか、もしかしてもう諦めただけなのか
*(chorus)
And it’s too late, baby, now it’s too late
もう手遅れね、ベイビー、もう手遅れよThough we really did try to make it
なんとかしようとほんとにがんばったけどねSomething inside has died
心のなかの何かが死んでしまったのよAnd I can’t hide and I just can’t fake it
隠せないし、ごまかせないの
It used to be so easy living here with you
あなたとここで一緒に暮らすのは気楽だったYou were light and breezy and I knew just to do
あなたは気楽な人で私は何するべきかわかっていたしNow you look so unhappy and I feel like a fool
今ではあなたはとっても不満げで私はバカみたいよ
*(chorus)
And it’s too late, baby, now it’s too late
もう手遅れね、ベイビー、もう手遅れよThough we really did try to make it
なんとかしようとほんとにがんばったけどねSomething inside has died
心のなかの何かが死んでしまったのよAnd I can’t hide and I just can’t fake it
隠せないし、ごまかせないの
There’ll be good times again for me and you
きっとまたわたしとあなたにもいいときがくるわBut we just can’t stay together, don’t you feel it, too?
けれど、一緒にはいられないのよ、あなたにもわかるでしょ?Still, I’m glad for what we had and how I once loved you
それでも、あなたと一緒にいて、愛したことがあったのは嬉しいことよ
*(chorus)
But it’s too late, baby, now it’s too late
でも、もう手遅れね、ベイビー、もう手遅れよThough we really did try to make it
なんとかしようとほんとにがんばったけどねSomething inside has died
心のなかの何かが死んでしまったのよAnd I can’t hide and I just can’t fake it
隠せないし、ごまかせないの
It’s too late, baby
手遅れね、ベイビーIt’s too late now, darlin’
もう手遅れなのよ、ダーリンIt’s too late
手遅れよ
お聴きの通り、「心の炎も消えて」ますね、すっかり。けれども、この恋愛における手遅れ、それを大人の対応で乗り越えている冷静さがこの歌にはあるので、その先の人生を照らす光が感じられる。なので、課題を出せずに It’s too late という事態に陥った場合の方が、今回の恋愛の終焉よりもずっと深刻な気がするのである。
先延ばしモンスター
そこで、これを読んでいる学生諸君へ、そしてわたし自身へ対しても、この言葉をここに挙げておきたい。それは “Procrastinating Monster” である。“procrastinate”とは「先延ばしをする」という動詞。つまり「先延ばしモンスター」という怪物がいるのである。これを心に飼ってはいけないのだ。はじめは小さいモンスターなのだが、締め切りが近づくにつれ、これがどんどん巨大化し、最後には精神を盛大に蝕んでくるのである。ああ、なんて恐ろしいことだ。
から、先延ばしモンスターの存在を感じたら、早く退治するのがいい。わかっているけれどそれが難しい、というのもわかる。けれどとにかく、早く退治するのがいい。わたしなんかは、初めて “procrastinate” という動詞を知ったとき、英語にも「先延ばし」を表す言葉があるということは、先延ばししちゃう仲間が英語圏の人にもいるんだな、と安心したりしたくらいである。それではいけないのだ。先延ばしモンスターにやられて “it’s too late” となる前に、何事もしっかり早めに取り組もう。
笑顔で一日を始めましょう
新鮮な気持ちの春に先延ばし問題の深刻さだけ語るのもアレなので、『つづれおり』に収められている「ビューティフル」という曲の一節を紹介して今回の号を締めたい。
You’ve got to get up every morning with a smile on your face
(毎朝、笑顔で起きなきゃね)
朝、あなたが笑顔で起きれば、世界もあなたに笑顔を向けてくれるんですよ、というキャロル・キングが教えてくれる大事なレッスンである。本当にそうだなあと思う。で、先延ばしモンスターに追われていると笑顔も消えちゃうので、やっぱり笑顔でいられるようにするためにも、せっせと毎日がんばらなきゃいけないのだ、“before it’s too late”(手遅れになる前に)。
それでは、次の1曲までごきげんよう。
Love and Mercy
(文・写真:亀山博之)
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#かんがえるジュークボックス(第1回~第43回)
亀山博之(かめやま・ひろゆき)
1979年山形県生まれ。東北大学国際文化研究科博士課程後期単位取得満期退学。修士(国際文化)。専門は英語教育、19世紀アメリカ文学およびアメリカ文学思想史。
著書に『Companion to English Communication』(2021年)ほか、論文に「エマソンとヒッピーとの共振点―反権威主義と信仰」『ヒッピー世代の先覚者たち』(中山悟視編、2019年)、「『自然』と『人間』へのエマソンの対位法的視点についての考察」(2023年)など。日本ソロー学会第1回新人賞受賞(2021年)。
趣味はピアノ、ジョギング、レコード収集。尊敬する人はJ.S.バッハ。
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