マツダ株式会社 でハードモデラーとして働く美術科工芸コースの卒業生、田中咲季(たなか・さき)さん。ハードモデラーという言葉はあまり聞きなじみがありませんが、実はマツダならでは職種なのだそう。ここではそのお仕事内容をはじめ、ものづくりを行う上で普段から大切にしていること、そして今も生かされているという工芸コースでの学びについてお話をお聞きしました。
・ ・ ・
共創するスタイルに感じたモデラーの可能性
――はじめにハードモデラーとはどのようなお仕事かを教えてください
田中:クルマを量産開発する過程の中で、その造形自体はクレイモデルで見ることができますが、実際のクルマというのは金属や革などいろんな素材が使われていますよね。それをリアルなモデルとして生み出すのがハードモデラーの仕事になります。例えばインテリアであれば実際に車両に乗り込んで、そこで感じたものとデザインコンセプトがちゃんと合っているかどうかを確認したり、設計要件として出されたデータが大丈夫かどうかを判断したり。またエクステリアモデルであれば、ハードモデラーの塗料のスペシャリストが調色をしたりしています。
――そうなると、あらゆる素材の知識が求められそうですね
田中:そうですね。板金だったり木工だったり、もともとはそれぞれの職人さんが分業してやっていたことを一つの職種にしているようなところがあるので、相当な知識量を求められます。やっぱり先輩方やベテランの方々というのは知識量が驚くほど多くて、私も学び続けているという感覚です。
――もともとクルマがお好きだったんですか?
田中:それが全然興味なかったんですよ(笑)。もともとは大学院に進もうと考えていたんですが、先生に声をかけていただいたのがきっかけでマツダの試験を受けることになって。それでいろいろ調べていく中で、ここでならものづくりを続けていきたいという想いを大切にしながら仕事ができるのではないかと感じました。さらにマツダはデザイン力も高いので、よりクリエイションに没頭できそうだなとも思いました。
――その後、実際に入社してみていかがでしたか?
田中:社内には広島近辺出身者が多くて、しかも方言の強い人たちが多かったので、ずっと東北で暮らしてきた身としてはコミュニケーションの部分で結構苦労しましたね。また先ほども話したようにもともとクルマに興味があったわけではないので、名称を言われてもわからなかったり…。さらに扱う素材が多い分、覚えなければいけない道具や手法もたくさんあって、最初の3年くらいはすごく必死でしたし精神的にしんどいことも多かったです。その感覚が変わってきたのは4年目の後半くらいから。それなりに年数が経ったことでいろんなことができるようになってきて、小さいことであれば任せてもらえるようになったり、そして結構大きい仕事も、サポートありきではありますがやらせてもらえることになって。もちろんそれはそれで大変だったんですけど、ものづくりにはいろんな人が関わっていて、私の知らないところでもサポートしてくれている人がいることを強く実感できたんです。その時、気持ちがすごく楽になって、「また頑張ろう」って思えるようになりました。
――特に印象に残っているお仕事や出来事はありますか?
田中:モデラーの仕事というのは、基本的にデザイナーからデザインコンセプトを絵や言葉で提案されて、それをモノに置き換えていくんですね。でハードモデラーだったら「その素材だと成り立たないよ」といった感じでアドバイスしたりするんですけど、その関係性が最近になって一歩踏み込んだものになってきたというか。マツダでは10年ほど前に「魂動(こどう)デザイン」というものを打ち出して、その頃からみんなでどんどん良いものを共創していこうという気風が高まってきているんですね。それによりデザイナーと私たちモデラーの関係性も、デザイナーあってのモデラーではなく、デザイナーとモデラーが一緒に歩んでいけるような動きが活発になってきていています。
実は私の同期にカラーデザイナーをしている同じ芸工大出身の子がいて、彼女と一緒に仕事をする機会が多いんですね。そこにデジタルモデラーが1人加わって、3人で何度も意見を回しながら、卓上サイズのモデルを作って提案したという出来事が最近あったんですけど、自分達で一から考えてモノを生み出せたことを実感できて、同時にモデラーとしての可能性みたいなものも感じることができました。多分、そういったモデラーの在り方はマツダならではだと思いますし、仕事のやりがいにもつながっています。大変ながらも楽しいなって。
――その中で田中さんがいつも大切にされていることは?
田中:“感じ取る”ことですかね。“感じ取る”というのはデザイナーとモデラーが一緒に作っていく中で、お互いが何を想いながら提案しているのかを感じ取ったり、開発する人たちが見たり触ったりしたときにコンセプトイメージを感じ取れるモデルを作ることです。ただ確認するだけなら本物と同じようなものを作ればいいんですけど、私たちが作るモデルっていうのは「まだ世にないものをこれからみんなで作っていこう!」という、開発する人たちにとってのモチベーションにならないといけないと思うんです。なので、常に本物よりもいいものを作るくらいの意識で取り組んでいるところはありますね。それは小さいプロパティであっても同じで、今回はどういう目的でそのモデルがあって、じゃあそれをどういうふうに見せるか?という、目的に応じたモデルの在り方を考えることをいつも大切にしています。その「どう見せるの?」というところは、工芸コースにいた時からたくさん言われてきたことでもあるんですよね。
素材の魅力を知る機会にあふれていた学生時代
――工芸コースへの進学を決めた理由を教えてください
田中:もともとは看護師になろうと思っていたんです。でもずっと美術が好きだったこともあって、ギリギリになって「私、美大に行きます!」って両親と先生を説得して方向転換しました。私の出身地・青森は津軽塗が有名で自分でも漆の食器を使っていたり、あとは実家が自営業で靴の修理などを行うリペアショップをしていたこともあって、絵を描くというよりも、そういう立体的なものを触っている方が自分の中では親しみが持てたので、同じ東北にある芸工大の工芸コースを選ぶことにしました。
――金工を専攻することにしたきっかけは?
田中:1年生の時に、漆芸・金工・陶芸の3専攻全てを体験するという授業があったんですけど、その中の金工の授業の時に、先生がバーナーで熱して赤くなった鉄の棒をグニャっと曲げたんですね。その瞬間、自分が今まで金属という素材に感じていたものを一気にひっくり返されたような大きな驚きと感動があって。自分で実際にやってもすごく楽しいし、作業している中で出てくる金属の表情もとてもきれいで、そこから金工にのめり込んでいきました。
――金工、そして工芸での学びが今の仕事に生かされていると感じることはありますか?
田中:まず工芸に入って良かったと思うのは、やっぱり漆芸・金工・陶芸の3つの専攻があって、さらに同じ美術科にはテキスタイルコースがあったので、学生のうちからいろんな素材に触れられたことですね。また、それぞれを専攻している友達たちの表現方法を通して、素材の面白さというのも感じていました。
それから金工では作品を作る時、「私はこういうものを作りたいです」と先生にプレゼンをしなければならなかったので、どうしたらちゃんと伝えられるかを毎回すごく考えて、で実際にプレゼンをしてはダメ出しを食らっていました…(笑)。例えば「この素材を使ってこういうものを作りたいです」とプレゼンすると、「なぜその素材でないといけないの?」「なぜこっちの素材ではダメなの?」といったところまで質問が及ぶので、普段から考える力や想像する力というのを養うことができていたと思います。
それからすごく印象に残っているのが、陶芸の深井聡一郎先生がおっしゃっていた「自分の作品に対して、自分が一番ファンでいなさい」という言葉です。自分で生み出したものに責任や愛情を持つという意味で、とても考えさせてくれる言葉というか。自分が作っているものを好きになろうと思うと、細かいところまで頑張ったり、きれいに作ることを心がけたりできるんですよね。ただ、作者は完成するまでの過程を見ているからわかるけど、他の人はできあがったものしか見ないので、完成後に自分でちゃんと「これいいでしょ!」と自信を持って言えるかどうか。言えたらみんなも私もハッピーになれると思うので、「一番のファンであれ」というのを今もものづくりする上でとても大事にしています。責任だけだったら苦しいけれどそこに愛情があれば、って思いますね。
――芸工大で良かったと思うことは?
田中:一番は自然を近くに感じやすい環境だと思います。毎日のように山の連なりを見て、東北の広い空を見て、そこで気持ちを入れ替えたり、ただただぼーっとしたりできる場所が常にそばにあったというのはすごく大きかったですね。それを卒業してからより思いました。学生の時はあまりにも当たり前のことだったので。やっぱり自然が近くにあるのとないのとでは、だいぶ気持ちというかリラックスの度合いが変わってくると思います。
――それでは、最後に受験生へメッセージをお願いします
田中:やりたいことがあるのに踏み出せないという人は結構多いんじゃないかな、と。でもとりあえずやってみて、その中で自分のベストを尽くすことが大事だと思うんです。それでもしうまくいかなかったとしても一歩踏み出したところにすごく意味があるし、経験としてはプラスになっているわけなので。そもそも「失敗」というものはないというのが私の考え。やりたいことを素直にやってみる方が自分にとって自信になるし、人に対してもやさしくなれるので、そこには幸せしかないと思っています。
・ ・ ・
モデラー自らが、デザイナーと共に意見を出し合いながらより良いクルマを作り上げていけることに、日々喜びと楽しさを感じている田中さん。芸工大で得た、「常に自身が作った作品の一番のファンでいること」を大切に仕事と向き合う姿勢がとても魅力的でした。 何かうまくいかないことがあったとしても、田中さんのように、それを「失敗」ではなく「次へつながる大事な経験」と捉えることができれば、自らの知識や情報に対する吸収力はきっと格段に上げられるでしょう。
(取材:渡辺志織、入試広報課・土屋) 美術科工芸コースの詳細へ ※掲載内容について、無断転用転載、転用を禁止します。東北芸術工科大学 広報担当
TEL:023-627-2246(内線 2246)
E-mail:public@aga.tuad.ac.jp
RECOMMEND
-
2020.02.07|インタビュー
なぜ、芸工大は教員採用試験の「現役合格率」が高いのか
#教職員#教職課程 -
2020.06.01|インタビュー
CHANGEMAKERS(=社会を変革する人)を育てたい/学長・中山ダイスケ(前編)
#学生生活#教職員#高校生・受験生 -
2024.08.19|インタビュー
【X線CT撮影装置導入対談】文化財修復や技術開発に欠かせない「科学的な目」が芸術系大学にもたらすもの/伊藤幸司教授×笹岡直美准教授
#X線CT装置#教職員#文化財