Webマーケティング会社で、インタビュー記事やコラムの執筆を行う城下透子(しろした・とうこ)さん。ライティングチームの編集長として、記事の校正や所属するメンバーのマネジメントなども行っています。「文芸学科で学んだ書く力と編集の基礎は、現場でも大いに生かされている」と話す城下さん。自身の生業である「書くこと」との出会いと転機、文章の表現を追求する姿勢や、言葉を扱う仕事ならではのやりがいについてお聞きしました。
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「良い文章」ってなんだろう?を問い続ける
――現在はどのようなお仕事をされていらっしゃるのですか?
城下:主に執筆と、メンバーが書いた記事の確認・修正指示の二軸ですね。扱う原稿の種類としてはSEOコラムやインタビュー記事などが多いです。弊社では、メンバーが書いた記事を確認し、必要に応じて修正の指示を出すことを「レビュー」と呼んでいるんですね。週に執筆する文字数は1万字前後で、レビューで見ているのは合計で3万字ぐらいでしょうか。「編集長」というと特定の媒体を取りまとめているポジションをイメージする人が多いかもしれませんが、私の場合はライティングチームの長という意味での肩書きになっています。チームには10名ぐらいのライターが所属しているんです。
弊社には「Rank-Quest(ランクエスト)」というSEO(Search Engine Optimization、検索エンジン最適化)のサービスがあり、私のチームはその一環としてライティング業務を担っているのですが、いろいろな業界の方からご相談があるんです。例えば、美容機器のメーカーや医療機関、金融サービスなど……。この仕事をしていると本当に多種多様な業界があるんだなと実感します。私たちはそういった方々のホームページに載せる記事を手がけています。
クライアントさんのBtoC(Business to Consumer)とBtoB(Business to Business)の割合でいうと、6対4ぐらいでBtoCのほうが多いです。内容的にも自分ごと化して書きやすいのはBtoCの文章ですが、専門的な業界やBtoBの企業など、これまでの自分の人生で全く触れてこなかった分野を担当するときは、大変ではあるものの、知らない世界を知ることができるので楽しいですね。
私たちが得意とする「コンテンツSEO」というのはSEO対策の一種で、ユーザーのニーズを満たす良質な記事を継続的に発信することで、検索エンジンから良い評価を得て集客するための手法です。コンテンツSEOで成果を出すには、日本語として正しい文章が書けるのは大前提として、適切な情報を分かりやすくまとめる必要があります。検索エンジンも常に進化しているので、ユーザーにとって価値があり、情報がきちんと伝わるページでなければ上位化してくれません。要するに、最終的には“良い文章”を書くというところに集約されると思います。
――城下さんが考える“良い文章”とは?
城下:いろいろな考え方があるとは思うのですが、まず言えるのは、引っかかりなく読める文章でしょうか。読んでいて違和感がある文章って、そもそも主語と述語が対応していないとか、日本語として間違っているものがほとんどなんですよ。以前、上司が「自転車に乗って、小石や段差もない、きれいな坂をスーッと下っていけるように、引っかかることなく読める文章がいいよね」と話していて、なるほど、分かりやすいたとえだなと思いました。それから、文芸学科の石川忠司(いしかわ・ただし)先生※が「良い文章ってリズムが良いんだよ」ともおっしゃっていて、それにも納得したんです。違和感なく読めてリズムが良いと感じるのは、良い文章だなと思います。なんだか受け売りが多いですね(笑)。あとは、いろいろな記事でよく使われているような、ありふれた言い回しがあまりなく、なおかつ内容がしっかり伝わる文章も、良い文章だと思います。
※文芸学科教授。文芸評論家。詳しいプロフィールはこちら。
――昨今はChatGPTなどの登場によりAIの活用も広まりつつある中で、文章のオリジナリティやクオリティについて考える機会も増えました
城下:そうですね。AIにできなくて人にしかできないことでいうと、自分の経験や体験に基づいた情報を伝えることですよね。例えば、製品の特徴などの客観的な情報を簡潔にまとめた文章はAIにも書けますが、使い心地や感想は、体験した自分自身でなければ書けませんよね。なので、これからの時代は、より「個人の体験」という唯一無二の情報を伝えていけるライターが重視されていくと思います。また、客観的な情報を伝えるにしても「この情報を知りたい人には、こういう表現を使うといいかな」「一緒にこの情報も伝えるといいかな」といったように、読者を想像して、そこに対して適切なアプローチを考えていくことも大切です。そういった意味でも、読者の心に深く刺さる文章というのは、人の手でなければ書けないと信じたいですよね。
とはいえ、文章を書くこと自体にそこまで経験は関係ない気がします。弊社のライターも、8割以上のメンバーが他業種からの転職で入社しています。大切なのは、記事を読んでくれる人を想像する力でしょうか。読者は何が知りたいのか、どんなふうに情報を出すのがその人のためになるのかを想像することですね。私の場合、自分が書きたい文章を書くよりも、求められている文章は何か?を追求して、そこに応えていく方が向いているので、今の仕事は自分に合っているなと感じます。
――インタビューの仕事も多いとのことでしたが、そのときに何か意識していることはありますか?
城下:インタビューって難しいですよね。「今日は時間配分が上手くいかなかったな」「質問するときに詰まっちゃったな」と、毎回反省しながらやっています。こちらとしては取材にご協力いただく立場なので、なるべく笑顔で良い印象を与えられるようにとか、早口すぎないでゆっくり話すとか、とにかく意識することがたくさんあると感じます。それに質問書をただ読み上げるだけだったらメールでもいいわけなので、聞き方を工夫する必要もありますね。私、今日もインタビューしてきたんですけど、1日の中でインタビュアー(聞き手)とインタビュイー(話し手)を同時に経験したのは初めてです(笑)。
予定調和な人生なんてない。自分の道を歩きたいように歩く
――ecloreさんに入社された理由と、これまでの経緯を教えてください
城下:大学卒業後は、アニメ関係の雑誌・書籍を専門に手がける編集プロダクションに入社しました。お給料自体は低かったんですけど、もともとアニメや特撮が好きだったので、自分にとってはすごく幸せな仕事でした。毎週見ている番組の制作会社にお伺いしたり、声優さんに取材させていただいたり、毎日が刺激的で楽しかったですね。
城下:ただ、そんな日々は長く続かず、入社して半年が過ぎたあたりで会社が倒産してしまったんです。予想外の出来事でした。とりあえず仕事を探さなければいけない状況になったので、知り合いの紹介で派遣会社に入り、そこでは求人原稿の作成や、現場に行って派遣社員のスタッフさんの管理などを担当していました。ただ、やはり「文章の世界に戻りたい!」という思いがどうしても拭えず。1年半ほど勤めた後に転職し、今の職場へ入社したという流れです。
――社会人になってすぐのタイミングで、大変なことがあったのですね。もともと書くことを仕事にしたいという気持ちがあったのですか?
城下:そうですね。逆にそれ以外でやりたい仕事があるかと言われても、あまりピンと来なかったですね。ただ私は最初から文芸学科だったわけではなくて、入学当初は美術科のテキスタイルコース(現:工芸デザイン学科)だったんです。最初は染色や繊維のことなどを学んでいたのですが、次第に文章のほうに興味が出てきて、文芸学科に転科したんですよ。自分が文章の楽しさを知ったきっかけは、1年生の前期に受けた、吉田正高(よしだ・まさたか)先生の「コンテンツ文化史」という授業のレポート課題です。戦後の国内のアニメや映画やゲームといったコンテンツの歴史を勉強する授業で、先生の知識量はもちろん、研究室にあるコレクションもすごかったですね。残念ながら、数年前にお亡くなりになられてしまったのですが。
先ほどお伝えしたように、私は特撮が好きで、中でもちょっと古くて渋いものが特に好きだったんですけど、そんな話ができるのは自分の父親くらいしかいませんでした。それがこの授業では、そうした世界が好きな人しかいなかったですね。その授業の課題レポートを書くにあたり、特撮好きしか知らないような『海底軍艦』とか『マタンゴ』という作品を題材にしてもいいですか?と吉田先生に聞きに行ったところ、とても喜んでくれたんです。そこからモチベーションが上がり、自分でも満足のいく内容のレポートにまとめることができて、結果的に優秀作に選んでいただいて。それがきっかけで、自分の考えを文章にまとめるのが大好きになりました。それからは、美術科で作品を制作する日々のなかで文章への想いが次第に強くなってきてしまって、いつしか「これを専門に学びたい」と思うようになり、3年生になるタイミングで文芸学科に転科したんです。
――芸工大を選んだ理由と、大学時代に印象に残っていることを教えてください
城下:もともと、高校生の頃から美術を専攻していたので、美術系の大学に行きたいとは考えていました。ただ、行きたい学科が決まっていたわけではなくて。なんとなくグラフィックデザイン学科に興味がある、ぐらいの曖昧な状態でした。そこで親に相談したところ「デザインを学ぶにしても、伝統的なものを知って勉強してからのほうがいいんじゃない?」と言われて、確かにそうかもしれないと思ったんです。テキスタイルコースは山形ならではの伝統的な染色技法や織物などを学べるところだったので、当時はそこがいいなと思って決めました。
転科した文芸学科は、小説や漫画といったストーリーの創作と、編集の2つの専攻に分かれるんですが、私が書きたい文章は創作ではないなと思い、編集も学べるゼミを選びました。授業以外で印象に残っているのは、文芸学科の学生や先生たちで編集する『文芸ラジオ』という文芸誌の編集部としての活動です。出版社で働きたいと思っている人でも、編集者がどんな仕事しているのかを知ることができる機会って、実はあまりないと思うんです。学生でありながら、書籍編集の実作業に携われたのは、とても貴重な経験でした。書店に並ぶ書籍に、編集スタッフとして自分の名前が載るというのは、嬉しかったですね。
――最後に、芸工大の受験生へのメッセージをお願いします
城下:美術や芸術の道に進もうとすると、周りからは将来性を気にされることもありますよね。個人的にはあんまり気にしすぎなくていいんじゃないかと思っています。最終的には自分の人生ですから。私なんて、新卒で入った会社が倒産してしまいましたからね。人生、何が起こるか分かりません。転科した私のように、やりたいことが変わったら途中で違う道に進んでもいいんです。大学で勉強したことや熱心に打ち込んだことに自信を持っていれば、ちゃんと就職もできるはずだし、どこででもやっていける。10代から20代に移り変わる時期に好きなことを勉強するのは、本当に貴重なことだったなと実感します。進路を決めるときに不安な気持ちもあると思いますが、ちょっとでも興味があるのなら、ぜひ飛び込んでみてください。
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一つ一つの言葉を丁寧に選びながら、真っ直ぐに受け答えする姿が印象的だった城下さん。主観と客観をバランスよく用いて多角的な視点から伝えようとする姿勢は、ライターや編集者としての経験から培われたものであるとともに、城下さんの誠実な人柄もあるかもしれません。今後は、自分のライティングスキルを生かして特撮の現場での取材に挑戦してみたい、と話す城下さん。人生何があるか分からないからこそ、好きなことや「これ」と決めた道をひたむきに、ポジティブに楽しむことの大切さを教えていただきました。
(撮影:永峰拓也、取材:井上春香、入試課・須貝)
東北芸術工科大学 広報担当
TEL:023-627-2246(内線 2246)
E-mail:public@aga.tuad.ac.jp
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