古川大翔|現代白河だるま考
福島県出身
松田俊介ゼミ
本研究では、「白河だるま・だるま市」の歴史と現在性を検討し、インタビュー調査、文献調査を通して、現状や課題について考察していく。⽩河だるまは、市内の渡邊家、佐川家によって製造されている。(図1)⽂政6年の「横町絵図」(図2)に渡邊家の先祖の名前があること、松平定信や丹羽長重を由緒とする話が伝わっている。意匠は、鶴⻲、松⽵梅が表されており、東北系のだるまと比べて胴体が丸く、関東系のだるまに分類される。市の取り組みとして、観光客を対象とした絵付け体験が⾏われており、現代アートを融合させた「アートだるま」を標榜している。2⽉11⽇に催されているだるま市は、昭和49年から旧奥州街道沿いである本町〜天神町で開かれている。旧正⽉14⽇に開かれていた市神祭に由来し、正⽉飾りや造花などが売られていた。やがて、売物の中⼼がだるまとなり「だるま市」の名称が一般的になった。
木戸(1932)は、疱瘡除けから家内安全へと変化しつつ、農閑期の副業として発展してきたと言及した。鳥居(2024)は、現在の白河だるまは伝統性と現代性の二面性があると指摘。峯岸(2001)は、農民副業の歴史を示し、地域産業との関連によって検討できる。
白河観光物産協会F氏は、絵付け体験や「アートだるま」の企画に注力していると発言し、だるまへの関心を高める取り組みや地域文化と産業を守る動きが見られる。渡邊家W氏は、伝統的なだるまの購買行動の促進のため、市外を対象とした集客活動に注力したいと述べ、佐川家S氏は、体験授業やオーダーメイドの依頼が増加傾向にあると語った。イラストレーター K氏は、伝統的なだるまとは異なる価値もつ作品を制作したいと述べ、各々が先進的な活動の中から文化継承の手法を模索していることが窺える。 白河だるまは、由緒の曖昧さを持ちながらも、白河を代表する伝統工芸品としての地位を保ってきた。由緒が地域の権力者=大名との接点に求められたことは、職人らが正当性や縁起物としての価値を高めるため、歴史的権威と結びつけて創出したものであると結論づけられる。年々、絵付けのデザインが変化しているが、白河だるまの特徴である土型張子という古来の形式が真正性を支えていると言える。アートだるまの実践は、一見、先進的な取り組みでありながら当事者たちには、伝統へのこだわりが意識され、再帰的に白河だるまのあり方が確認され、伝統性が再強化されていると言える。

1. 伝統的な白河だるま

2. 横町絵図