歴史遺産学科Department of Historic Heritage

[最優秀賞]
菅凜歩|有珠モシリ遺跡の漁労活動の季節変化 -遺跡出⼟マダラ季節性の再検討-
福島県出身
青野友哉ゼミ

 本研究は北海道の噴火湾内に位置する有珠モシリ遺跡(図1)を対象に、縄文時代晩期における漁労活動の季節性を明らかにすることを目的とし、マダラの捕獲季節について再検討を行う他、有珠モシリ遺跡の利用の実態について考察を行なった。

 マダラは冬の産卵期に接岸することから、先行研究で有珠モシリ遺跡出土マダラの捕獲季節は冬とされてきた。しかし、遺跡での出土量の多さや、噴火湾の水深の浅さから、夏も捕獲できたのではないかという言及がされた。そこで、現代の噴火湾沿岸部の釣果データから魚類が接岸する時期を把握、併せて噴火湾の海水温データ及び魚類が生息しやすい水温を比較することで、捕獲可能な時期を検討した。分析の結果、年間で釣果が集中する時期と生息に適した水温の時期がほとんど重なることから、魚類の接岸時期は沿岸部の海水温と相関すると判断した。この傾向から、マダラは生息適水温が0~11℃と低水温域に限られるため、夏季の高水温期は沿岸部への接岸が難しく、冬の12〜5月を中心に接岸すると考えられる。この分析に加えて、縄文時代晩期のマダラの接岸時期及び期間を把握するために、アルケノン古水温計による先行研究を参照し、縄文晩期の噴火湾の水温環境を復元した。その結果、当時は現代よりも冷涼な気候だが、夏季の沿岸部の海水温は10℃を超え、マダラの生息には適さない(図4)。つまり、縄文晩期においてマダラの接岸及び捕獲を夏に行うことは難しく、冬季を中心としていたと考えられる。  次に、有珠モシリ遺跡出土の動物遺存体の種同定を行った結果、マダラが魚類の中で高い割合を占めた。貝類ではアサリが多く、先行研究での貝殻成長線分析で、夏季に採取されたと推定されていることから、有珠モシリ遺跡では夏季に貝類採集、冬季にマダラ漁といった、季節に応じた漁労活動のスケジュールが存在していたと判断した。また遺跡の出土状況の特徴として、冬の季節性を示すマダラと、夏の季節性を示すアサリが約10cmの⾙層から互層で検出されるが、住居址などの生活痕跡は無い。これら出土状況や分析結果、遺跡周辺の地形環境を総合すると、有珠モシリ遺跡は遺跡内に定住せずに、漁労活動を行うために訪れ、短期間の訪問を繰り返す季節利⽤型の拠点として機能していたと考えられる。


青野友哉 教授 評
 夜遅く、学内に漂う独特の匂いをたどり演習室を覗き込むと、案の定、菅さんが黙々とマダラやアイナメ、ヒラメなどを煮て、魚骨の標本を作っていた。
彼女は卒業研究で縄文時代の貝塚から見つかる魚骨や貝殻を分析した。そして有珠モシリ遺跡という小島の遺跡では夏に貝類と根魚、冬にマダラを捕獲するという季節的な利用の違いがあることを明らかにした。
その方法は魚骨を標本と比較して種を同定する基本的な方法とともに、現代の釣り人たちがブログに掲載した3年間分の釣果情報を検証材料とした斬新なものだった。釣果情報からは、魚が産卵のために岸に近寄る季節と海水温を把握し、冷涼だった縄文晩期の海水温に当てはめた。その結果、マダラが獲れる期間は現代よりも2ヶ月程度長いものの、水深が浅い噴火湾であってもやはりマダラは夏季には捕獲できないことを示し、土地の季節的利用に根拠を与えた。
そんな研究対象とは異なり、菅さんは1年生の時から“四季を通じて”ガソリンスタンドでアルバイトをしていた。理由を聞くと、「遺跡の発掘に必要な体力をつけるため」と将来へのビジョンが明確だった。厳しい論文指導に対しては、一旦すべて受け止め、翌週には予想を上回る発表をするタフさもあった。卒業後は調査機関で遺跡の発掘に携わる。最優秀賞の栄誉を讃えるとともに、動物考古学の研究者として歩み始める菅さんにエールを送りたい。

1. 噴火湾と有珠モシリ遺跡の位置

2. マダラ現生標本(上)と遺跡出土マダラ椎体(下)

3. 噴火湾の海面水温の季節変動曲線とマダラの適水温範囲・接岸時期(現代・縄文時代晩期)