熊谷果音|祭礼馬の受容の現代的変容−滝沢市・盛岡市における祭礼・チャグチャグ馬コを事例に−
宮城県出身
松田俊介ゼミ
「チャグチャグ⾺コ」は、6 ⽉第2 ⼟曜⽇に岩⼿県滝沢市の⻤越蒼前神社から盛岡市盛岡⼋幡宮までの約14 ㎞の道のりを農⽤⾺が⾏進する祭りである。
農耕に使役した愛⾺の無病息災を願って神社に参拝する「蒼前参り」を由来とする。本研究ではチャグチャグ⾺コを事例に、⼈と⾺との関わりの変化と⽂化的意義について考察した。調査⼿法は、2023〜2025 年度の開催での現地調査、チャグチャグ⾺コの保存会、同好会、⾺っこパーク・いわてなど各関係団体へのインタビュー、⾃治体史、論⽂、報告書を⽤いた⽂献調査とした。
本祭礼が⾏進⾏事として扱われるようになったのは1930(昭和5)年、来県した秩⽗宮に、盛岡⼋幡宮から同市松尾町の⾺検場へ向かう⾺の⾏進が披露されたことに始まる。かつては旧暦の端午の節句に⾏われたが、数回の⽇程変更を経て、観光化の観点から2001(平成13)年に現⾏の⽇付に変更された。
祭礼に参加する⾺や装束は、時代によって変化している。1939(昭和14)年には数百頭の鍛錬⾺が⾏進に参加したほか、装束を⾝に付けない⾺や、鞍と鳴り輪だけを⾝に付けた⾺もいた。しかし、1950(昭和25)年頃から⼩荷駄装束をもととする装束を着⽤するようになった。⽂化変容としては装束や⽇程の変更が挙げられ、これらは担い⼿たちが時代に合わせて柔軟に対応していったことの表れといえる。その反⾯、チャグチャグ⾺コのルーツとなる農⽤⾺の利⽤や、乗り⼿の装束、蒼前参りなどの要素については堅持され続けている。
また、装束は余っている⼀⽅、参加条件を⼗全に満たした⾺の減少により、本祭礼に参加する⾺の頭数も減少していることもインタビュー調査をする中で判明した。関係者は祭礼を存続させるためにクラウドファンディングなどの⼯夫で参加頭数を増加させようとしている。現状のチャグチャグ⾺コをめぐる実施の困難については、複数⾏政運営や、参加頭数・参加者の減少、飼育する⼈の減少などが挙げられる。特に運営主体となる⾏政区が複数にまたがっている状況はインフォーマントも苦慮しており、さまざまな要素で調整の必要が⽣じる。 チャグチャグ⾺コの⽂化的意義としては、岩⼿県の⾺事⽂化の継承、⾺と⼈との関わり、地域の独⾃性などが挙げられる。⾺と⼈の関係は、農⽤⾺との祈願⾏事から観光化を伴う「⽂化的象徴」へと変容した。しかし蒼前信仰や農⽤⾺利⽤を核に、安全や歴史・伝統を尊重する姿勢は受け継がれている。