文化財保存修復学科Department of Conservation for Cultural Property

三上朱星|羊皮紙におけるアルカリ成分と没食子インク中の鉄イオンの相互作用について
長野県出身
中右恵理子ゼミ

羊皮紙とは、羊や山羊などの動物皮を加工して作られた筆記媒体であり、古代末期から中世にかけて西洋を中心に写本や文書に広く用いられてきた。耐久性に優れる一方で、併せて使用された没食子インクによる劣化が生じることが知られている。没食子インクは、没食子と呼ばれる虫こぶ由来のタンニン酸と鉄塩を主成分とするインクであり、鉄イオンの酸化反応によって黒く発色し、支持体を劣化させる性質をもつ。しかし、同時代・同地域で制作された羊皮紙写本であっても、劣化状態に大きな差が見られる場合がある。

本研究では、この差異に羊皮紙の製造工程由来のアルカリ成分が関与しているのではないかと考えた。羊皮紙は脱毛工程において消石灰水に浸漬された後、乾燥後、軽石による研磨を行うため、中性から弱アルカリ性を示す。本研究の目的は、羊皮紙のアルカリ性が没食子インク中の鉄イオンの酸化進行にどのような影響を与えるのかを明らかにすることである。

実験には、未処理羊皮紙および製造工程と同濃度である10%消石灰水に浸漬した羊皮紙を用い、さらに軽石粉末の有無を組み合わせることで支持体中のアルカリ成分量を段階的に設定した。歴史的インクに基づいた羊皮紙工房のレシピを参考に、硫酸第一鉄量を3段階に変化させたインクを調合した。作成したサンプルに対し、ASTM規格を参考に恒温乾燥機を用いた加速劣化試験(100℃・5日間)を行い、目視観察、デジタルマイクロスコープ観察、pH測定、二価鉄イオン濃度測定および測色試験を実施した(図1/図2)。

その結果、消石灰水浸漬を行った羊皮紙では初期pHが高く、インクの変色や境界部の劣化進行が緩やかである傾向が確認された(図3)。一方で、劣化の進行に伴いアルカリ成分が消費され、pHが低下する挙動も見られた。また、インク中の鉄量が多いほど酸化反応が顕著であり、色変化や亀裂の発生が増加する傾向が示された。 以上より、没食子インクによる劣化を理解するためには、インク単体だけでなく、支持体としての羊皮紙の物性を含めた相互作用の視点が重要であることが示された。

1. 作成したサンプルの加速劣化準備

2. 恒温乾燥機を使用した加速劣化の様子

3. pH測定の結果