文化財保存修復学科Department of Conservation for Cultural Property

松本妃加|チタニウムホワイトを使用した下地に生じる油彩画の剥離現象について
栃木県出身
中右恵理子ゼミ

 本研究は、20世紀以降に普及した白色顔料チタニウムホワイト(TiO₂)を用いた油彩画において、下地層を起点とする層間剥離・剥落が生じ得る条件を明らかにすることを目的とする。チタニウムホワイトは高い隠蔽力、化学的安定性、低毒性から信頼性の高い材料として扱われてきたが、実例作品の調査では描画層全体に顕著な剥離が確認され、(図1)蛍光X線分析および紫外線蛍光反応から下地層にチタニウムホワイトが関与する可能性が示された。そこで本研究では、剥離を特定顔料の単独要因として断定せず、下地の配合、塗布方法、メディウム量、描画層顔料の違いが重なって起こる複合現象として捉え、①作品調査、②文献調査、③他作品との比較、④再現試料による実験を統合して検討した。

作品調査では外観観察に加え、紫外線蛍光反応、蛍光X線分析で元素を推定し、白色層に含まれる候補顔料を推定した。再現実験では、下地の配合(チタニウムホワイト単独/他白色顔料との混合)、塗布方法(筆塗り/スクレーバー塗布)、メディウム量、描画層顔料の違いを変数として試料を作製し(図2)、JISに準拠したクロスカット試験で層間接着性を比較した。結果として、筆塗り下地よりスクレーバー塗布下地で剥離が増加する傾向、下地でチタニウムホワイトにジンクホワイトを加えた条件で剥離が目立つ傾向が得られた。加えて描画層ではローアンバー条件で剥離が顕著となり、層間接着性は下地材料だけでなく上層顔料の物性や乾燥挙動にも依存することが示唆された(図3)。以上より、油彩画面の層間剥離は「特定顔料=原因」と単純化できず、下地材料・配合、施工由来の表面性状、メディウム挙動、描画層顔料特性が複合して発現する現象として理解すべきである。 今後は、剥落が確認される実例作品の調査範囲を拡大し、本研究で得られた傾向が実作品でも成立するかを検証する。現段階ではXRF中心で材料根拠が限定されるため、有機成分分析等を導入してメディウム把握と層構成の具体化を進め、再現条件へ反映する必要がある。さらにジンクホワイト添加条件については、配合比や単体条件を含む比較試料を追加し、因果関係の切り分けを行うことで、20世紀以降の白色下地を含む油彩画の保存上のリスク評価に資する知見の蓄積を目指す。

1. 坂本益夫「南仏ニース-ボートのある風景」

2. サンプルを図式化したもの

3. サンプル1 クロスカット後 スクレーバー塗り