文化財保存修復学科Department of Conservation for Cultural Property

[優秀賞]
清水頭れん|乾燥沈の保管条件が小麦澱粉糊の性状に及ぼす影響
北海道出身
杉山恵助ゼミ

 小麦澱粉糊とは装潢文化財修理における主要な接着剤の一つである。原料である乾燥沈(かんそうじん)(図1)を水に浸けてから糊炊きを行うことで、未浸漬の場合よりも粘性の高い糊が得られる傾向が確認されており、浸漬期間や保管環境が糊の性状に影響を及ぼす可能性が示唆されている。しかし、これらの関係性は十分に検討されておらず、本研究に至った。

本研究では、乾燥沈の保管条件が小麦澱粉糊の性状に及ぼす影響を明らかにし、修復現場における糊調製の合理化および安定した品質管理体制の構築に資する基礎的知見の獲得を目的とし、実験を中心に文献・聞き取り調査などを行った。実験では顕微鏡観察によるデンプン粒子の形態把握に加え、異なる条件(常温・冷蔵および水替えの有無)下で保管した水浸処理済み乾燥沈(図2)の上澄み液・沈殿層内部のpH値の測定、アミログラム分析や質量パーセント濃度に基づく糊の性状比較などを行った。

本研究により、水浸処理を施した乾燥沈の保管条件(常温・冷蔵、水替えの有無など)の差異が、糊の原料段階における試料のpH値に大きな影響を及ぼすことが明らかとなった(図3)。また、デンプン粒子の状態変化や糊の調製段階における糊化挙動にも影響を及ぼしている可能性が示唆され、アミログラム分析や質量パーセント濃度に基づく比較検討(図3)を通じて、糊原料の状態把握および濃度調整に対し、客観的・定量的な評価指標を提示することができた。

一方で、長期保管に伴う糊の粘度変化や最適濃度の設定については、本研究の範囲においては明確な結論を得るには至らず、今後の検討課題として残された。また、試料条件や測定手法についても、再現性の確保という観点から精査の余地があり、特に糊の粘度測定における評価手法の妥当性や、保管条件および糊調製条件の違いが測定結果に及ぼす影響については、さらなる検討が必要である。 以上を踏まえ、今後は本研究で得られた知見を基に、試料数および条件設定をより精密に再設計するとともに、分析手法および評価指標の検討を重ね、より汎用性と再現性の高い知見へと発展させて行くことが望まれる。


杉山恵助 教授 評
装潢文化財修復において、「糊」は修復の品質を左右する要の材料であるが、その調整は長らく技術者の経験則に委ねられてきた。本研究は、実習でも使用される「乾燥沈(かんそうじん)」に着目し、その保管条件が糊の性状に与える影響を科学的視点から捉え直そうとする試みである。 清水頭さんは、顕微鏡観察やpH測定に加え、アミログラフ分析といった手法を用い、乾燥沈に対する水浸漬処理の有効性を検証した。特筆すべきは、結論を導き出すために費やされた膨大な時間と労力である。来る日も来る日も糊を炊き続け、毎日水換えを行い、管理を長期間継続することで、データの信頼性を担保しようと努めた。 得られた結果は、経験的に行われてきた作業に客観的な指標を与えようとするものであり、その実直な研究姿勢は評価に値する。この地道なプロセスの積み重ねが、今後の彼自身の糧となることを期待したい。

1. 乾燥沈(かんそうじん)

2. 水浸処理済み乾燥沈

3. 実験結果まとめ