[優秀賞]
上野愛菜花|旧済生館廻廊における使用塗料の変遷および塗膜剥落要因に関する研究
青森県出身
村上智見ゼミ
本研究の研究対象である旧済生館本館は国の重要文化財であり、昭和44年に霞城公園敷地内に移築された。建築物をはじめとした屋外文化財は風雨や紫外線などの劣化要因に常に晒されている。そのため、修復処置が施されることで保存されてきた。しかし、旧済生館においては平成14年以降、再塗装が行われていない状態であり、塗膜の剥落が進行している。(図1)過去に旧済生館本館使用塗料の材質調査はされたものの塗料の劣化に関する研究は十分に行われていないため本研究の実施に至った。
以上の研究背景から塗膜の劣化が著しい廻廊を対象に塗膜剥落要因、傾向を明らかにすること、各区画における塗装の損傷図を作成し、塗膜の状態を可視化、現状記録することを目的とした。
回廊を16区画に分割し塗膜の劣化状況の差異を環境条件、塗料の含有成分から明らかにするため温湿度、紫外線照度、塗膜の表面温度の測定、塗膜の剥落片の顕微鏡観察、蛍光X線分析、X線回折分析、同時に現状記録のため現地で目視観察と劣化の分類を行った。
温湿度の測定では回廊がドーナツ型であることから南側は日当たりが悪く1日の温湿度の変動が他方位と比較し、小さく安定した環境にあることが分かった。また回廊の手摺を対象に測定した紫外線照度、表面温度の測定では日当たりの良い廻廊北側において高い数値が測定された。特に手摺の笠木部分では表面温度が高く、高温を維持する傾向が確認され塗膜の剥離・剥落が顕著であった。(図2)測定結果から、紫外線照度が強く建築部材の表面温度が高い箇所では塗料に含まれる高分子の酸化分解もしくは光酸化反応が活発であるため劣化が進行している可能性が考えられる。また塗膜の劣化状況と手摺の位置関係に一定の相関があると推察した。
分析の結果、赤色剥落片の表面には着色顔料としてベンガラが使用されている可能性が高いことが判明した。また全ての試料からカルサイト、一部試料を除き酸化チタンが検出された。酸化チタンに関しては白亜化が確認された柱に使用された赤色の剥落片からはアナターゼ型、青色ではルチル型が検出される傾向が見られた。アナターゼ型酸化チタンは耐白亜化性に劣るため、赤色の柱のみで白亜化が確認された可能性が高い。(図3) 本研究では剥落片の各層の具体的な顔料の特定には至っておらず、環境調査においても紫外線、熱以外の要因と劣化との関連について引き続き分析、検証を行う必要がある。
村上智見 准教授 評
鮮やかな色彩が美しい旧済生館であるが、近年塗装の劣化が目立ち、その要因を探るには塗料や環境要因に関する情報が乏しいという課題があった。
上野さんは現状を記録するとともに、塗膜の分析と環境調査から、使用塗料と劣化要因の一端を解明した。本研究で得られた成果は、今後の保存修理において重要な基礎資料となるであろう。
研究にあたっては、現地調査や科学分析にとどまらず、過去の工事を記録した古い8mmフィルム映像の精査や、旧済生館所蔵の手板のクリーニング作業を手伝うなど、塗料に関する手がかりを得ようとする情熱が成果へ結実したと感じられる。
雨の日も雪の日も猛暑の日も現地に通って調査を続け、分析室では難解な機器と格闘しながら、時に新たな発見や塗膜断面の層の重なりに感動し、歴史に思いをはせる姿が印象的であった。
そのひたむきな努力と探究心により、今後さらに活躍されることが期待される。優秀賞おめでとう。

1.塗膜が剥離した柱

2.顕著な劣化が見られた笠木部分

3.白亜化で粉状化した可能性の塗膜表面