文化財保存修復学科Department of Conservation for Cultural Property

伊藤杏|芝山古墳・はにわ博物館蔵「芝山象嵌の扁額」
千葉県出身
宮本晶朗ゼミ

本作品(図1)は文化2年(1805)に珉雪斎鈴久甫によって造られ、芝山象嵌創業者の出身地に現存する唯一の芝山象嵌作品として昭和53年には町指定文化財となった。芝山象嵌は、象牙・貝・珊瑚・鼈甲などに彫刻で立体的な模様を表し、素地から盛り上がるように嵌入する工芸技法である。千葉県山武郡芝山町出身の大野木専蔵(1775-1836)が文化4-5年(1807-1808)以降に江戸で考案したとされる。本作品の制作年は芝山象嵌創業期と近く、芝山象嵌の起源を辿る上でも重要な作品であると考えられるが、本作品には来歴や技法など、芝山象嵌ではないと考えられる点がいくつか存在する。そのため本研究では作品調査を通して本作品の正しい位置付けを検討することを目的とした。調査の結果、本作品の加飾技法は多くが蒔絵であり、その他複数箇所に陶器と薄貝が使用され、薄貝の上に蒔絵で模様を表す部分もあることが明らかになった。前述したように芝山象嵌は彫刻によって立体的な模様を表す技法であるため、彫刻ができない陶器は使用しない。また嵌入した素材の上に蒔絵のみで模様を表すこともない。作者については、『芝山町史通史編下』によれば本作品作者は専蔵の弟子とされているが、本作品の制作は芝山象嵌技法考案より2年以上前であるため、本作品は専蔵門下で芝山象嵌を学んで造られたものではないと言える。また技法考案以前の専蔵は江戸の商人であったため、職人として弟子をとれる環境にあったとは考え難く、作者が専蔵の弟子であったという説自体も否定された。調査より、本作品作者は江戸で活躍した蒔絵師の珉雪斎久甫(イ一斉久甫)であり、江戸時代古満巨柳(1796没)門下で蒔絵を習った野村久甫の号である可能性が浮上した。以上の調査結果から、本作品の技法材料は芝山象嵌ではないと言える。本作品の指定名称は芝山象嵌の扁額であるが、扁額とは一般的に山号額や寺号額などを指し、短歌が記されたものは句額と称される。そのためこの名称は不適切であり、本作品は蒔絵と象嵌で加飾した句額である。本研究によって本作品は芝山象嵌ではないと明らかになったが、漆工芸品としての造りは見事であり、四方歌垣真顔という名のある歌人の歌が記された作品でもあるため、句額として違った価値が認められる可能性も考えられる。

1. 作品正面