成田円香|ボローニャ手稿に基づくヴェルディグリ(緑色顔料)生成の研究
鳥取県出身
中右恵理子ゼミ
緑色顔料ヴェルディグリは、銅の腐食によって得られる人工顔料であり、西洋では古代から19世紀にかけて、絵画用色材として広く用いられていた。製法については、銅を酢酸源(伝統的には発酵した葡萄酒など)とともに保管し、反応させる方法が古くから知られているが、技法書の記録をたどると、中世以降に製法が多様化していった様子がうかがえ、その一つとして、銅と酢酸を入れた容器を馬糞の中に保管するという処方が登場する。特に、15世紀イタリアの絵画技法書『ボローニャ手稿』には、「銅板を馬糞の中に一定期間埋めた後、酢酸と反応させ、再び馬糞中に埋める」という処方が記されている。この処方では、酢酸との反応工程とは別に、銅板と馬糞のみを接触させる工程が明確に設けられている点に特徴がある。しかし、従来の研究においては、この馬糞を用いる工程は、発酵熱による保温を目的としたものと考えられており、馬糞が銅の腐食反応に及ぼす具体的な影響については、十分な検証が行われていなかった。本研究では、『ボローニャ手稿』に記された馬糞を用いる工程に着目し、馬糞が銅の腐食および緑色顔料の生成に与える影響を明らかにすることを目的とした。まず、同手稿の記述に基づき、馬糞を用いた屋外再現実験を実施した。その結果、銅板を馬糞と接触させた段階で、銅表面に緑色錆が生成されることが確認された。(図1. 2)しかし、屋外環境では土壌や降雨などの影響が大きく、条件の再現性に課題が残った。そこで、屋外条件に左右されない形で馬糞の効果を検討するため、馬糞環境に含まれる要因を整理し、アンモニア、二酸化炭素、酢酸を腐食因子として捉え、それらを単独または組み合わせて作用させる室内実験を行った。結果、各条件下で生成した腐食生成物について外観観察を行った結果、単独条件では屋外再現実験で得られた緑色錆との共通性は限定的であった。一方で、アンモニアおよび二酸化炭素を併用した条件においては、屋外再現実験で得られた緑色錆と外観上の共通性を示す生成物が確認された。(図3)以上の結果から、馬糞を用いる工程は、アンモニアや二酸化炭素が関与する腐食環境を形成し、銅の腐食状態に影響を与えていた可能性が考えられる。また、馬糞環境下で生成された緑色錆は、その後の酢酸処理に先立つ前段階として機能し、目的とする色調や組成のヴェルディグリを得る工程に寄与していた可能性が示唆された。

1. 馬糞を用いた屋外実験の様子

2. 馬糞中から取り出した直後の銅板

3. アンモニア・二酸化炭素で生成された銅錆