大学院Graduate School

竹ヶ原誇平|アクリル絵画作品の亀裂の発生要因と修復に用いる接着剤の比較研究
青森県出身
中右恵理子ゼミ

 現代美術は新素材の登場や表現の追求に伴う素材の併用などから、将来的な劣化が未知である場合が多い。経年劣化以外に技法材料の先天的な要因も多く、作家の素材に対する理解度や知識の深度に左右され、新素材を用いることによって起こりうる不都合がその歴史の短さなどから予測しにくいことが課題である。こうした現代美術に対する修復技術や修復に関する考え方は刷新され続け、途上段階にあると言える。アクリル絵画修復においてもまた例外ではない。アクリル絵具はメキシコ壁画運動を起点として耐候性や速乾性、利便性などが評価され絵具としての使用が始まった。その後ポップアートの流行に伴い描画材料としての地位を築き大衆にまで浸透し、現代の教育現場などでも広く用いられている。今日に至るまでアクリル絵具は誕生から1世紀にも満たない。そのため、修復事例が少なく、現在明確な修復方法が確立していない。青森県十和田市で制作された研究対象作品である東信昭《メモリー》(以下本作)は調査からアクリル絵具を軸に様々な描画材料の使用が確認され、絵具層の画面全体に至る亀裂が見られた。(図1)本研究は、本作の損傷要因である亀裂の発生機構の解明、本作を構成する絵具素材に適した修復材料の選択を検討することで、アクリル絵画修復分野に資することを目的とした。

 先行研究により、アクリル塗膜は低温で亀裂発生の危険性があることが示されていた。これをもとに、本作に用いられた描画材料を使用して−5℃~20℃の温度変化のある環境での制作過程に着目して実験を行った結果、低温環境下の制作時に明らかに亀裂発生する結果を得た。(図2)この結果を踏まえて下層の亀裂が上層の亀裂発生に影響があること、アクリル塗膜の亀裂発生は、乾燥開始の最初の数時間の温度条件が重要な要素であると考察した。  本作の修復では耐溶剤テスト結果から水溶性の接着剤の使用が困難であると判断し、有機溶剤に可溶な合成接着剤の使用に着目した。接着剤の比較実験では、過去の修復事例や、聞き取り調査、本作への耐溶剤テスト結果を踏まえて修復に用いる接着剤の候補を挙げ、紫外線曝露による劣化試験、恒温器を用いた加速劣化試験を行った。(図3)各劣化試験後、耐溶剤試験や色差計測定などの手法により劣化試験前後での接着剤を評価した。様々な観点を鑑みて本作に対しては、ミネラルスピリットで溶解した4%濃度のパラロイドB-67を選択した。

1. 本作の剥落および亀裂(透過光撮影)

2. 低温環境で作成した試料の亀裂部分

3. 劣化試験後の接着剤試料比較