塩田奈央|言語学習者の視点で字幕を批評する
山形県出身
サンキュータツオゼミ
評論
目 次 はじめに/問題の所在/実例/先行研究/手法/よい字幕の条件/実践/後書き/付表
よい字幕とはなにか。それは、いつ、どこで、だれが、どう見るかによって異なる。映画やドラマが様々な定額制動画配信サービスで配信されており、人々はTVだけでなく、スマートフォンやタブレット、PCなどで映像作品を視聴することができる現在、私は、字幕は視聴者にとって、会話の翻訳や説明以上に有意義なものであるべきだと考える。
特にタイで制作されるドラマは、動画共有プラットフォーム「YouTube」で公式に数多く公開されている。また、主演が来日し、約八〇〇〇人を収容する会場でのイベントやコンサートが開催されるほど活況を呈しているジャンルだ。
「YouTube」には動画に字幕を追加する機能が装備されており、自動だけではなく、有志のファンが字幕を作成する場合がある。有志のファンが字幕を作るという文化が発生し、発展を遂げていった結果、現在はドラマの出演者に合わせて特定のファンダムがドラマの字幕を担当することになっている。
以上のことから、映像の文化と字幕には深い関係があると言える。また、韓国も同じように、映像作品が多くの人に楽しまれ、視聴者が自ら字幕を作成するという状況にある。配信されているドラマや映画の数が多く、「YouTube」でも公式に公開されている。 これらのことから、本稿では、同一の作品で、何人か別の翻訳家によって翻訳されているタイの映像作品を取り上げ、素人が字幕を作成できる時代に、字幕翻訳という、なによりも日本語を吟味する作業に求められることを中心に論じる。さらに、他国の例として韓国のドラマを取り上げる。その字幕を基準に、よい翻訳を提示し、それはほかの言語でも適用される規則なのか考察するため、タイ語と韓国語の二言語で横断的に実践してみたい。


