肘折版現代湯治2009 ”ART+TOUJI”

『肘折幻想』― 三瀬夏之介

旧郵便局舎に設置された『肘折幻想』(十曲一双、墨、胡粉、顔料/Photo by Hiromi Seno)

アトリエでの制作する三瀬夏之介

上:旧郵便局舎に設置された『肘折幻想』(十曲一双、墨、胡粉、顔料/Photo by Hiromi Seno)
下:アトリエでの制作する三瀬夏之介

 肘折温泉は大同2年に開湯したと伝えられている。肘折だけでなく、東北各地の多くの寺社や銅山や温泉地が「大同2年に開かれた」という伝承を有している。言わば、歴史的な〈はじまり〉として東北の大地に刻印されたこの謎めいた年号は、坂上田村麻呂による蝦夷征伐と重なり合うことで、大和朝廷による東北の軍事・経済・宗教における制圧の記憶を逆説的に物語っている。三瀬夏之介による十曲の屏風図『肘折幻想』は、1万年前の火山の爆発という、もう一つの肘折の〈はじまり〉を描いたものだが、画家の郷里であり度々モチーフとして描かれる奈良(=ヤマト)に端を発する〈ニッポン〉の情景と、興味深い因果関係を見せる。
 これまで三瀬は、全長30メートルを超える大作『奇景』や、『日本画滅亡論』、『日本画復活論』などで、持ち前の諧謔的オリエンタリズムを発揮し、常に日本画における〈日本〉のありようを問い続けてきた。三瀬の描くあけすけな世俗に塗れた富士山や大仏、五重塔などの〈ニッポン〉の情景は、現代と過去がめまぐるしく交錯する奇怪なコラージュの化粧に覆われており、そのイマージュの版図を拡げるべく、画面は無限に巨大化する気配を漂わせている。
 しかし『肘折幻想』に三瀬は、かつての狂想曲のような表層のアウラではなく、静かに閉じられていく緞帳に似た思慮深さをまとわせている。2008年の作品『ぼくの神さま』でファルスのように画面から突き出していた山々は、ここでは不可視な闇を孕んだ水墨のなかで粘動し、火山の熱を含んだ蒸気がその輪郭を曖昧化させていた。
 現在、三瀬は山形に居を移し、『東北画は可能か?』という問いを自ら掲げて制作に取り組んでいる。肘折温泉の起源を大同の伝承に依拠して描くのではなく、正史以前の曖昧模糊とした世界として知覚し、〈山の生成そのものの記憶〉として描いたその眼差しの先には、自らが指向してきた歴史化・記号化された〈ニッポン〉の風景に対峙する『東北画』の母型があったはずだ。その画面の裏側で、東北の地から日本画の〈日本〉を揺るがすような視座の獲得が準備されている。(作品解説=宮本武典)


『肘折温泉 朝市プロジェクト』―太田三郎

32種の絵葉書(絵葉書スタンド/Photo by Hiromi Seno)

『トウグミ・Elaeagnus multiflora var. hortensis Serv.(種子)』

上:32種の絵葉書(絵葉書スタンド/Photo by Hiromi Seno)
下:『トウグミ・Elaeagnus multiflora var. hortensis Serv.(種子)』

 「肘折の朝市はとても魅力的だ。他ではあまり見ることのできない個性ゆたかな野菜やキノコたち、生産者の方々との楽しい掛け合い…。『朝市プロジェクト』では、露店に並べられる山の恵みを絵葉書に変えて、そんな朝市そのもののような、小さな絵葉書店をオープンさせた。肘折温泉の朝市の和やかな雰囲気を、絵葉書を通して郷里のご家族やご友人に伝えてほしい。投函には、温泉街の真中にある旧郵便局舎前のポストがお薦めである。なお、今回の絵葉書は秋バージョンだが、今後は季節ごとにバックナンバーを増やし、朝市で売られるすべての品々を記録し後世に残していく、ユニークな資料になっていければと思っている。」(太田三郎)

●Events

  • ◯太田三郎〈紙漉きアートワーク〉
  • 日時=10月17日[土]、18日[日]10:30→16:00
  • 会場=旧郵便局舎前
  • 太田三郎〈紙漉きアートワーク〉
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  • ◯森繁哉〈舞踏ワークショップ〉
  • 日時=11月7日[土]、8日[日](1泊2日)
  • 会場=すすきのシアター
  • (大蔵村柳渕)
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  • ◯三瀬夏之介〈肘折山水を描く〉
  • 日時=11月21日[土]→23日[月・祝](2泊3日)10:00〜18:00
  • 会場=つたや金兵衛 1F湯治部屋
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