設楽舞華「田川櫛(抜粋)」

  1.研究目的 櫛は、古来より形態と用途を変化させながら用いられてきた道具の一つである。櫛の歴史の中で最も使用されてきた素材は木材で、木で作られた櫛は特に木櫛という。木櫛は日本各地で生産されているが、山形県においても木櫛が作られていたことが明らかとなった。山形県鶴岡市大字田川で作られていた木櫛は「田川櫛」という。 現在は櫛製作の道具が残っているものの、製作技術やその歴史など実態の多くが謎である。本研究は、田川櫛の現存する道具を観察、記録し、その製品と製作技術、流通消費の実情を明らかにすることを目的とする。   2.先行研究 田川櫛の先行研究は現在のところ存在せず、田川で櫛作りが行われていたという事実は、文献にはほとんど見ることができない。   3.研究対象 田川櫛製作道具79点(致道博物館所蔵48点[1969(昭和44)年8月21日寄贈]・鈴木美枝さん所蔵31点)を主な研究対象として調査を行った。   4.研究方法 製作技術については、他地域の伝統的な櫛製作技術をモデルとし、田川櫛の製作道具と、道具から考えられる技法を当てはめることで田川櫛の製作技術を復元する。 製品については、未製品と櫛の注文控えのメモから、田川櫛の種類、樹種等を調査していく。同時に伝世品についても調査を進める。歴史については、田川櫛を 製造販売していた鈴木家(本家・分家)の方々にご協力いただき聞き書きを行い、製作道具に残された墨書や櫛の注文控えの資史料から調査する。   5.製作技術 田川櫛の製作技術については、おおまかな枠組みを捉えることができた。櫛製作の工程に、東京あるいは東日本との大きな差はないようである。田川櫛の特徴としては、道具が挙げられる。意匠が細かく、漆を塗布するなど装飾性が高い。これは、田川櫛の二代目で、宮大工でもあった喜惣冶さんの影響を受けたものと思われる。   6.製品 伝世品(筋立て・際出し・鬢出し)と、田川で作られていた可能性がある櫛として竹梳き櫛を記録した。また、 道具、未製品、聞き書きから、現存する製品以外にどのような櫛が作られていたのかをまとめた。これにより、立櫛・横櫛の区別なく、地元の木材を多く使用し櫛を作っていたことが明らかになった。田川櫛には、ナシやクロガキといった木材が使われているが、この木材選択は、櫛に最上とされるツゲが手に入りにくい環境下で、鶴岡(庄内)の自然環境や、木材利用の文化に合わせた木材の選択が櫛職人により行われ、形成されたといえる。   7.流通・消費 東日本は戦後まで東京と木曽の櫛の商圏であり、鈴木浩一さんの家からは、長野県木祖村のお六櫛と思われる櫛が見つかっている。 また、田川櫛は一つの家の生業であり、生産の規模は大きくはなかった。これらのことから、田川櫛は、他地域からも櫛の供給がある中で、地域の櫛屋として、鶴岡の櫛供給の一端を担うものとして存在していたといえる。   8.歴史 聞き書きと道具に残された墨書によって、田川櫛の歴史を概観することができた。詳細な時期は断定できないが、田川櫛は江戸時代末期にはじまり、戦後まもなく生産を終えたことがわかった。   9.まとめ 戦後、セルロイド等新しい素材の櫛の登場や、洋髪化によって全国的に木櫛を扱う櫛屋が減少した。田川櫛もその流れの中で生産を断った櫛屋の一つである。しかし、櫛の生産を辞めた後も田川櫛を求めて訪ねてくる人々がいたとの証言や、残された道具の様子からは自ら工夫して製作した道具を使い、手入れを怠らず、地域の人々に親しまれる木櫛を作っていたことがわかる。 田川櫛は、一つの家の生業の歴史であると同時に、田川と鶴岡の歴史でもある。田川櫛を通して、田川を含めた庄内の木材資源の利用方法や、鶴岡の町の女性の生活の一面について、新たな見解を得ることができるだろう。 本論は田川櫛の一端を記録したにすぎないが、田川櫛の存在を再び浮かび上がらせることができた。これをひとつのきっかけとして、田川櫛の調査がさらに行われることを願う。   原文より抜粋