大和あすか「錦絵有機色材の同定を目的とした3DF,IR,Vis-Refl スペクトルの有用性の検討と明治初期錦絵の色材調査(抜粋)」

  1.緒言 本学の有機分析分野の技術の向上を目指し、有機分析における資料同定に必要な標準を試料を作成し、非破壊でも資料情報の取得が可能な蛍 光分光光度計(写真1)、分光光度計(写真2)、FT-IR(写真3)それぞれから得られる三次元蛍光(3DF)スペクトル(写真4)、可視光反射 (Vis-Refl)スペクトル(写真5)、赤外吸収(IR)スペクトル(写真6)を用いて試料の分光学的特性を記録し、スペクトルライブラリーを作製、 有用性についての検討を行った。 現在本学には、明治初期に製作された錦絵が保管されていることから、今回は錦絵の有機色材を調査対象と仮定した際の標準試料を作成し、スペクトルライブラリーを作製した。また、錦絵の色材調査もライブラリー作成と平行して行った。   2.研究方法 2-1スペクトルライブラリーの作製 標準試料作製に使用する有機色材には、浮世絵(錦絵)の有機色材として古来より用いられてきた天然染料:紅花、欝金、藤黄、棠梨、黄蘗、藍、露草から作製した色材と、明治初期に新たに導入されたと考えられる色材:ローダミンB、ローダミン6G、塩基性フクシン、塩化ロザニリン、本洋紅、コチニールを用い た。これらの色材を越前奉書(楮紙)と山桜(板)に着色し、錦絵の版画と版木の標準試料を作製した。各標準試料からはL*a*b*値とVis-Reflスペクトル、3DFスペクトル、 IRスペクトル、さらに有機色材の劣化によるスペクトルの変化を測定するために、キセノンフェードメータまたは紫外線ランプを用いて最大336時間の劣化促進試験を行い、各試料のスペクトルの測定を行った。   2-2錦絵の色材調査 錦絵の無機色材調査には可搬型蛍光X線(XRF)を主に使用した元素分析を行い、目視、マイクロスコープ観察による彩色や粒子の確認、X線透過撮影による色材の強度差の確認を行った。(写真7、8)有機色材調査には、3DFスペクトル法を中心に調査を行った。他に、同色色材の判別法としてVis-Reflスペクトルの測定を行った。   3.研究結果と考察 3-1スペクトルライブラリーの作製と有用性 各標準試料から得られたスペクトルが色材同定のデータとして有用であるかを評価する基準を次に定めた。 3DF:同色系色材の中で重なることなく色材特有のピークと等高線マップの形状が見られ、かつ支持体からの蛍光反応よりも強度値が5倍以上大きい。 Vis-Refl:同色系色材の中で重なることなく色材特有の反射スペクトルの形状を示す。 IR:色材のみのスペクトルをあらかじめ測定し登録した検索機能において、標準試料を測定したスペクトルデータとそこから支持体と展色材のスペクトルを引いた差スペクトルの結果が、類似度上位20位以内に検索され、かつ一致度が70%以上である。 以上の基準を満たした上で、各標準試料から得られたスペクトルが色材同定のデータとして十分に有効であると判断したものを以下し示す。 〈錦絵標準試料〉3DF:紅花、黄蘗、欝金、ローダミン6G、Vis-Refl:紅花、棠梨、藍、露草、ローダミンB、ローダミン6G、IR:未実施 〈版木標準試料〉3DF:黄蘗、欝金、Vis-Refl:藍、露草、ローダミンB、ローダミン6G、IR:欝金、藤黄、棠梨 上記の結果は全て標準試料の未劣化の状態の結果である。劣化試験によって試料の状態が変化することによって色材同定に有効なスペクトルデータを得ることは難しくなっていく。   3-2錦絵色材調査 赤色系色材の箇所から、Hg、Brを含む箇所が多く確認され、3DFスペクトルより支持体とは異なる蛍光反応が見られた。Hgは水銀朱(HgS)由来のピークであり、蛍光反応とBrは合成染料に由来するものであると考えられる。 青色系箇所では、Feを検出したため、ベロ藍(Fe4[Fe(CN)6]3)由来のFeであると推測される。また、Vis-Reflスペクトルによってもベロ藍に近いスペクトルが得られた。 黄色系箇所からは、Asが検出された箇所と3DF法によって有機色材由来のピークを確認できた。Asは石黄(As2S3)由来の元素、蛍光ピークは本研究により作製したスペクトルライブラリーから欝金の色材ピークであると確認した。 緑色系箇所からは、AsとFeが同時に検出される箇所が見られたため、石黄とベロ藍の混色であると考えられる。 この他、茶色系箇所からは、Feが検出され、酸化鉄(Fe2O3)由来のものと推定した。黒色系箇所は色材を特定するスペクトルが得られなかったことから、炭素由来の色材であると考えられる。   4.まとめ 一つの分析機器が全ての試料に有効な結果を残せる訳ではない。各分析機器の結果を総合的に解釈することで試料同定の可能性を高めることに繋がるのである。 本研究のスペクトルライブラリー作製によって、一つの試料に対して多角的に分析結果を提示することが出来たことは、今後の有機試料の同定調査の成果になるものと考えている。 明治期錦絵の色材調査では、合成染料,顔料が多く輸入されている状況の中でも、天然染料による色材がモチーフや表現によって使い分けられていることが確認できた。   原文から抜粋