佐藤容「鎌倉時代やまと絵の『実景性』(抜粋)」

  鎌倉時代美術はこれまで「リアリズム」「写実的」といった言葉でくくられてきた。かつては鎌倉時代やまと絵にも実際の風景「実景」を絵に描く意識の存在 が指摘されていた。現地を見た上で絵を描こうとする等、当代絵画にはその背景に実景が関わる例が散見され、それが風景を実際に見て描くという行為の証拠として捉えられていたのである。近年この議論は、「やまと絵に実景は描かれない」という方向に収束しつつある。しかし制作背景に実景が関わりながら、それが絵には全く反映しなかったのか。『新名所絵歌合』(13世紀末)絵巻もまたその成立に実景の絡む作例だが、その特徴は絵に歌の世界が具体化されるという、 絵と歌が密接に結びついた風景表現である。この作品を出発点として、本研究では鎌倉時代やまと絵と和歌文化との関連から、その絵画表現に実景がどの様な形で関わっていたのかという「実景性」を探る。   第1章 『新名所絵歌合』と和歌 13世紀末『新名所絵歌合』は、伊勢神宮で行われた歌合の歌意を描いた歌合絵である。実際に目にしている地元から選出した伊勢の「新名所」を歌に詠み、絵には大方一致してその風景が描かれているという、 絵と歌が密接に関わった作品である。新名所を地元から選び絵(歌)にしたという部分から、これまで本当にその土地を描いた絵であるのかという視点で、実景か否かが議論されてきた。全く実景ではないとは言い切れないが、歌合では伝統的な風景イメージが盛り込まれた当時の常套的な歌を詠んでおり、歌と一致した絵はそのイメージを描いたものと言える(写真1、2)。   第2章 和歌と「実景」-和歌に詠まれた風景 和歌の風景表現は、国文学 分野でも非常に興味を持って研究が重ねられているテーマである。12世紀末から始まる中世和歌は風景を印象的に描写した叙景歌が多いとされる。その原因と 言われているのが、平安時代9世紀後半~10世紀に流行した屏風絵・屏風歌である。目前の絵を歌に詠むという方法は「眺める」という意識を生み、人々は風 景を描写するために必要な客観的な見方をするようになったという。13世紀末から14世紀初頭にかけて、力を持っていたのは二条派と京極派であった。特に後者はリアルな風景を詠む事で有名だが、写実的=実際の風景の描写(実景)に直結する訳ではない。この時代に詠まれた歌は、「本歌取り」という方法を用い て伝統的な風景の型=共有されたイメージを詠むことが中心であった。しかし当時の歌人の中では、よい歌を詠むために実際の風景をよく観察することが説かれた。中世和歌では単に決められた型をそのまま詠むのではなく、時には自身の体験・感覚を織り込みながら詠むことで、その伝統的イメージがより具体的に表現されていた。   第3章 自然風景の中で歌を詠む人 -『西行物語絵巻』と『一遍上人絵伝』- 鎌倉時代やまと絵には豊かな 自然風景が写実的に描かれる。一般的に自然描写の発展は中国絵画の影響のもとで語られることが多いが、絵を見たときそこには当時歌に詠まれた風景に共通す る感覚を見出すことが出来る。例えば『一遍上人絵伝』(1299)に多くみられる秋田の絵(写真3)と、この歌を比較する。 「いろいろにかど田のいなほふきみだる 風におどろくむらすずめかな」 絵・歌共に、風が鳴子を鳴らし稲穂の中から鳥(雀)が飛び立つ場面が浮かぶ(写真4)。また空間的な広さも本絵巻の大きな特徴であるが、その空間構成もま た歌と共通する部分がある。陸奥の里(写真5,6)は、手前の近景と奥の遠景という別々の「舞台」によって、空間的広さ・錆びれた雰囲気が表現されてい る。こうした画面構成は鎌倉絵画には多い(写真7,8)。遠くの里・近くの田という景色を組み合わせて一つの空間を作る方法は、和歌にも見られる。 「梅が香は枕にみちてうぐひすの 声よりあくる窓のしののめ」 歌は①近景に梅香と枕②中景に梅と鶯③空の月を歌う。この三景は嗅覚・視覚・聴覚により別々に捉えられ、「窓」がこれらを一つの風景としてまとめていると いう。歌に詠む景色を別々に把握し一つの広い空間として再構成するという和歌の構築方法は絵にも通じるのではないか。鎌倉絵画の視線を引いた広い空間・多 様なモチーフによる精緻な表現は和歌の風景イメージにも共通し、そこにはやはり身近な自然を観察するという実体験が反映していると思われる。   第4章 鎌倉時代やまと絵の「実景性」絵・歌のイメージから 歌に詠まれる風景の中でも伝統イメージが特に強く反映する名所歌。それを描いた名所絵も当然そのイメージに縛られる。伝統的な名所「白河関」の風景イメージの形成過程からは、共有されたイメージに「実景」という要素がどの様に関わっていたのかが伺える。 「都をば霞とともにたちしかど 秋風ぞ吹く白河の関」 これは、「辺境の地」というもとから白河関に付されたイメージに基づきつつ、実際に現地で詠まれたものである。その後、「白河関」歌には秋の景物である紅 葉や月が登場することが多くなり、後世の「白河関」歌に大きな影響を与えた。この土地は『一遍上人絵伝』にも描かれている。紅葉した木々が印象的な秋の風 景であり、ここにも能因による「白河関」のイメージが反映していると思われる。いかにリアルな風景であっても作られたイメージに過ぎない絵や歌にとって、この白河関のイメージ形成過程は、「実景性」を考える上で大きなヒントとなると思われる。恐らく、実見による記憶(実体験)は、従来の風景イメージを無視するのではなく、そのイメージをより強化するものとして関わっていたのだろう。   原文から抜粋