小澤章子/武田綾乃「(共同研究)古今雛頭部一対及び冠の保存修復/木製和紙張り込み親王台の保存修復(抜粋)」

  「古今雛頭部一対及び冠の保存修復」小澤章子   1 始めに 今回担当した古今雛は、昨年度修復を行った古今雛への処置の続きである。本研究では修復処置を行うと共に、雛人形の歴史的変遷、使用されている原料や当時の風俗についても調査を行い修復処置の参考とした。   2 概要 名称:古今雛頭(こきんびなかしら) 寸法:男雛頭-高13.6㎝×幅5.6㎝×奥5.4㎝ 女雛頭-高12.2㎝×幅4.0㎝×奥4.5㎝ 重量:男雛頭-20.63g  頭髪0.37g 女雛頭-19.68g  頭髪0.88g   名称:古今雛冠及び宝冠(かんむりおよびほうかん) 寸法:男雛冠---高3.1㎝×幅3.0㎝×奥2.8㎝ 女雛宝冠-高6.5㎝×幅11.4㎝×奥4.4㎝ 重量:男雛冠---1.08g 女雛宝冠-17.2g   3 歴史的所見 ◎古今雛について 他の江戸期の雛と異なり、販売者による命名がなされているのが特徴。名前の由来は寛政二年(1790)の雛市改めの際、卸問屋の大槌屋半兵衛が「女の人に 愛されてもらえるよう、やさしく古今と名づけた」と答えたことによる。特徴は浮世絵的な近代的写実性ゆえの質感や、目に水晶やハリダマ(ガラス)の玉眼を いれ、男雛と女雛に専用の壇(親王壇)が付属していること、また本体は男雛・女雛ともに手を持つなどの点が挙げられる。 ◎化粧と髪形について 江戸時代の主な化粧方法は鉄漿と眉剃り、そして美白である。男子の化粧は基本的に貴族のみのものであった。当時は女性の化粧した顔を見るだけで未婚・既 婚・離婚・子持ちのいずれかであるか判別できたという。江戸時代の化粧事情は、「容顔美艶考」や「都風俗化粧伝」といった書物から知ることができるが、こ れらの化粧方法の多くは明治3年(1870)に禁止令が出て現代では廃れている。 髪形については、雛人形の原型となった平安貴族男子は武装する 必要がなく、武力を蔑視していたため頭を剃らずに髪を伸ばしたまま結い上げていたため、男雛の髪は剃られない。また女雛については大垂髪と垂髪という二種 類の髪型があり、大垂髪は最も格式高い髪形として、垂髪は貴族女性の最も美しい髪型として雛人形に取り入れられた。   4 処置提案 修復処置として以下の二点を方針としてあげた。 ◎構造上及び修復に必要な強度保持の為の処置 →今後保存、もしくは展示を行ううえで危険性が高い部分を補強・修復する。 具体的には男雛の心棒の再接着、首部分の亀裂修復、冠と宝冠の再接着が挙げられる。 ◎外観の向上 →雛人形を雛人形として鑑賞する上で妨げとなるような汚れ等を除去する。この処置により埃などを除去することで、それ以上の劣化の促進を抑制する効果も期待できる。 具体的には頭髪の除去、顔面の洗浄、冠の洗浄、歪みの矯正、眼球の補作が挙げられる。   (中略)   6 終わりに 本研究を通じ、一つの作品が出来上がるまでには実に様々な技術、文化的背景、そして人の手と時間が関わっているということを改めて学ぶことができた。冠の 形一つ、頭の造詣一つにも深い意味があり、そこには当時の風俗、文化、そして人の考え方が如実に反映され込められている。 また今回の修復で、保存環境の重要性についても考えさせられた。 雛人形は複合素材でできているため、環境によってはとても弱く、すぐにヒビや亀裂が入ってしまう。故にその保存環境を整えることが、今後この雛人形を伝えていくうえで最も重要なことである。 現在の雛人形にはない美の形を伝承するものとして、このような古い時代の雛人形はできるだけ継承していって欲しいと思う。   原文から抜粋    

  「木製和紙張り込み親王台の保存修復」武田綾乃   1.はじめに 昨年本学の文化財保存修復センターで個人の方から1対の古今雛をお預かりし、体幹部と屏風の修復を終えた。本年度も引き続きこの古今雛の修復を行うこととなり、私は古今雛に付属している台座である親王台の修復を担当した。 親王台は張りこまれている和紙の剥離と欠損が著しく、雛飾りとして使用するには取り扱い難く、鑑賞する事が困難な状態であった。本研究は親王台を飾る上で 問題となる損傷を改善する事を目的とする。そのため、美術館等の収蔵品ではなく現在も使用されている工芸品であるというという点を重視し、欠失部分の復元 を含む修復を行った。   (中略)   3.主な損傷と処置提案 男雛下段・女雛下段…和紙の剥離と欠失、木部の欠失と反り 男雛上段・女雛上段…和紙の剥離、金属製釘の錆、木部の欠失と割れ 和紙の剥離は全体に及んでいることと、木部への処置の必要があったことから、和紙と裂は解体し処置後に元の位置に張り込む事とした。 木部の欠失部分は和紙を張り込むと空隙となるため充填を行い、金属製釘の錆は木部と釘を腐食させていたため除去する。また、和紙の欠失部分を補うための補修紙を作成することとした。   4.実施処置 和紙及び裂に対する処置 1)解体:木部に張りこまれていた和紙及び裂を手で剥がし解体した。接着力が強い部分は金属のヘラを使用して剥がした。(写真3) 2)クリーニング:和紙には消しゴムを粉状にしたものを、裂は硬めの豚毛筆を使用して表面に堆積していた埃を落した。 3)裏打ち:裏面に生麩糊を塗布して薄美濃紙を接着し、刷毛で密着させた。(写真4) 4)補修紙の作成:楮紙を合成染料で染色し、パステルを指でぼかし色調を合わせた。(写真5)平筆で市松文様を描き込んだ後、パステルを定着させるため、クルーセルEエタノール3%溶液を噴霧器で吹き付けて乾燥させた。   木部に対する処置 1)クリーニング:水を含ませた布で表面を拭き、付着していた土埃を除去した。 2)金属製釘の錆の除去:ルーターで金属製釘の表面に付着していた錆を削り除去した。 3)欠失部分と割れの充填:竹串を使用し酢酸ビニルエマルジョン形充填剤を充填した。(写真6) 4)下張り:宇陀紙を台の寸法に合わせて裁断し、生麩糊を塗布して木部に接着した。(写真7) 5)和紙と裂の張り込み:和紙と裂に生麩糊を塗布し、元の位置に張りこんだ。(写真8)   5.おわりに ひとつの壊れかけていたものを修復するには多くの手段が必要である上、それらが正しいかどうかを判断することが難しく、常に迷いながら処置を決定してい た。1年を通して作品と接した事で、少しは正しい判断に近づけたかと思う。今回の処置の結果として、この作品が少しでも長く所蔵者に愛用されることを願っている。   原文から抜粋