文化財保存修復学科

絵画修復/立体作品修復/保存科学

時を超えてつないでいく、知識と技術

文化財が過ごした時間と、これから経験する時間を見据え、修復・保存を施す。それは現在・過去・未来の時間を繋ぐ作業。文化財が持つ価値を維持するため、文化財保存修復学科では絵画、立体、保存科学の3分野を学び、専門的知識と技術で挑んでいきます。目指すのは、歴史ある作品を守れる貴重な人材の育成。文化財保存修復研究センターとも連携し、全国から寄せられる文化財や美術品の修復に演習を通して携われるのも大きな魅力です。専門知識の応用で、学芸員や保存修復技術者としてはもちろん、一般企業など幅広い分野で活躍が可能です。


幅広い知識と倫理観、技術を育む授業

絵画修復(西洋・東洋)
様々な素材の組み合わせで描かれ絵具や材料の性質、構造の正しい理解が求められる絵画修復。絵画の扱い方などの基礎から、調査・記録方法、処置の必要性や方法の検討、修復まで、西洋と東洋の各分野で学びを深めます。センターに寄せられる本物の作品に携わることも可能です。

立体作品の修復
修復研究の対象は彫刻や工芸品など様々。仏像や寺院といった伝統的な文化財は修復技法がある程度確立されている一方、近現代の美術作品は技法も材料も多様。細部を観察できる高精度な分析・処置のための専門機材を使用しながら、現代に求められる修復方法を習得していきます。

保存科学
美術作品などの文化財資料を最新の科学技術を駆使して調査・分析し、保存修復の分野に情報提供する保存科学。作品の構造や状態をX線や電子顕微鏡で調べたり、材質を科学分析したりすることは、現代の保存修復に必要不可欠。美術館や博物館の環境保全、考古遺物の保存処理にも力を発揮します。

文化財保存修復研究センターでの実践について

4年間のカリキュラム
  • 1

    実例から現代の保存修復の本質を学ぶ/実例から文化財や美術品の神髄を理解し、保存修復の本質と、自然科学の基礎を習得。更に東北の美術館や寺社仏閣を巡り、その味わいと価値を再認識。全学年を通して、調査、修復処置のプレゼンテーションを必ず行うことで、意見を述べる力も養う。

    【必修科目(1年次)】芸術鑑賞の喜び/文化財保存修復入門/保存修復調査演習1/立体技法演習1/絵画技法演習1/日本美術史概説/西洋美術史概説/保存科学概論
    【選択科目(1~4年次)】保存修復基礎科学1/東洋史概論/西洋史概論/芸術色彩学/考古学概論/文化財保護法

  • 1
    研究センター受託活動
    文化財の保全として、研究センターでは白鷹町の仏像や、宮城県美術館の彫刻修復に参画。(課外)
  • 1
    文化財保存修復入門
    保存修復の概要を捉え学修方法を明確にするため、各専門の教員が順に講義。基礎を知り自らの興味と対照させる。(必修)
  • 1
    文化財保存修復調査演習1「東北研修旅行」
    東北の寺社仏閣、美術館を巡り文化財を観察する研修旅行。先生や学芸員による解説も。(必修)
  • 1
    立体技法演習1
    技法や素材、構成から作品の理解を深めるため、文字以外の自己表現として、立体物のデッサン、着彩などの基礎的な技法を学ぶ。(必修)
  • 1
    絵画技法演習1
    水彩やテンペラ、油彩など様々な絵具を制作し、西洋絵画の特性を理解。画布を張り、地塗りを施すなどの制作実習で技法を理解。(必修)
  • 1
    保存科学概論
    予防保存の観点で、文化財を劣化させる様々な要因について科学的な根拠に基づいて理解し、対処する方法の基礎を学ぶ。(必修)
  • 2

    基礎的な技法への挑戦と社会との関係性を理解/絵の具の作製、石や木の彫刻の基礎的な技法、襖や屏風の復元などを実践。科学の基礎的な知識に加えて酸とアルカリの反応、分析機器の扱い方なども習得。国立西洋美術館など保存の現場を訪れ、社会との位置づけを理解し、本物に触れる素地を養う。

    【必修科目(2年次)】保存修復調査演習2/絵画技法演習2・3/保存修復基礎科学演習
    【選択科目(2~4年次)】保存修復基礎科学2/東洋美術史/西洋美術史/日本近世近代美術史/現代美術史/美学/埋蔵文化財保存学/インターンシップ/立体作品論/絵画作品論

  • 2
    保存修復調査演習2「関東研修旅行」
    首都圏への研修。東京国立博物館や国立西洋美術館などを見学し、文化財の管理現場を知る。(必修)
  • 2
    絵画技法演習2・3
    保存修復の一段階として、調査の基礎を理解しレポートにする力を養う。調査の要点を学び、美術館で鑑賞実習も行う。(必修)
  • 3

    絵画、立体、保存科学の専門を深める/西洋・東洋絵画、立体作品、保存科学から専門のゼミを選択。実際の美術品や文化財に触れながら、専門を深く学ぶ。状態の判断から修復処置の計画と実施、記録や報告書の作成まで、処置の基本的な手順を習得。また知見を広める研修旅行の機会も。

    【必修科目(3年次)】保存修復応用演習1・2/保存修復調査演習3/社会メディア教育/美術史文献講読
    【選択科目(3~4年次)】保存科学特講/日本美術史特講/西洋美術史特講/保存修復技法特講/文化財環境・材質特講

  • 3
    保存修復応用演習2
    作品の洗浄から仕上げまでの修復の実技で基礎的な技術を理解。素材を扱うための科学、物理的な知識も学習。(必修)
  • 3
    保存修復応用演習2
    微小な試料に有効な断面観察、走査型電子顕微鏡など分析機器の使用法を学ぶ。また考古資料の保存処理方法を学ぶ。(必修)
  • 4

    自らの研究として保存修復処置を実践/博物館や美術館などから提供される作品や文化財を対象に、教員のアドバイスを受けながら、自らの研究として保存修復処置に取り組む。その報告書を作成し卒業論文とする。研究計画や成果を明確にし、相手に伝えるプレゼンテーション力も鍛える。

    【必修科目(4年次)】文化財保存修復研究/卒業研究

  • 4
    文化財保存修復研究
    自らテーマを決め、資料収集や目的の確認をし、具体的な修復計画を策定。修復や技術の情報を集めて作業を実践し、卒業論文に。(必修)
  • 4
    卒業研究(文化財保存修復)
    卒業研究のテーマを決定し、資料収集と研究計画を実践し処置を完了させる。経過を卒業研究論文にまとめ、発表を行う。(必修)

活動レポート

  • あなたにもできる!文化遺産日常管理マニュアル

    地域の文化遺産は、文化財の指定を受けたものだけでなく、身近な生活の中に存在するものも。家庭にある文化遺産を守るため、保存管理の方法を記載したガイドブック。

  • 展覧会『ヤマノカタチノモノガタリ[地域文化遺産の保存と伝承]』を開催

    文化財保存修復研究センター5年間の研究プロジェクトの成果を展示。文化遺産の保存修復を通じて再発見した山形の文化が物語として感じられる、魅力的な展示に。

  • 被災した仏像を学生3人の力で修復

    福島県明福院の大日如来像は、東日本大震災で被災。久保田さん、橋本さん、藤澤さんの学生3名が卒業研究として担当し、欠落箇所の補填や剥落を抑えるなどの処置を実施。

  • 日本最古。元木の石鳥居の保存に協力

    藤原徹教授と学生が、地元住民有志ら約20人、「御立鳥居保存協議会」のメンバー、市の担当者と協力し、歴史ある石鳥居が冬期間の雪で劣化しないよう処置を施しました。

  • 震災で被災した文化財の応急処置を実施中

    東日本大震災で被災した文化財の応急処置を対応。博物館や美術館などから預かった文化財は5000点以上。彫刻作品や歴史的な研究資料、書籍類等の洗浄などを進めています。

  • 文化財保存修復研究センター(ICCP)との連携

    全国初の大学附属文化財保存研究機関。センターへの修復研究案件は学科にも開かれ、学生が文化財に触れられるだけでなく、社会や市民との関わりを実感する貴重な体験の場。


作品紹介

  • (共同研究)古今雛頭部一対及び冠の保存修復/木製和紙張り込み親王台の保存修復(抜粋)

    小澤章子/武田綾乃「(共同研究)古今雛頭部一対及び冠の保存修復/木製和紙張り込み親王台の保存修復(抜粋)」

     

    「古今雛頭部一対及び冠の保存修復」小澤章子

     

    1 始めに
    今回担当した古今雛は、昨年度修復を行った古今雛への処置の続きである。本研究では修復処置を行うと共に、雛人形の歴史的変遷、使用されている原料や当時の風俗についても調査を行い修復処置の参考とした。

     

    2 概要
    名称:古今雛頭(こきんびなかしら)
    寸法:男雛頭-高13.6㎝×幅5.6㎝×奥5.4㎝
    女雛頭-高12.2㎝×幅4.0㎝×奥4.5㎝
    重量:男雛頭-20.63g  頭髪0.37g
    女雛頭-19.68g  頭髪0.88g

     

    名称:古今雛冠及び宝冠(かんむりおよびほうかん)
    寸法:男雛冠---高3.1㎝×幅3.0㎝×奥2.8㎝
    女雛宝冠-高6.5㎝×幅11.4㎝×奥4.4㎝
    重量:男雛冠---1.08g
    女雛宝冠-17.2g

     

    3 歴史的所見
    ◎古今雛について
    他の江戸期の雛と異なり、販売者による命名がなされているのが特徴。名前の由来は寛政二年(1790)の雛市改めの際、卸問屋の大槌屋半兵衛が「女の人に 愛されてもらえるよう、やさしく古今と名づけた」と答えたことによる。特徴は浮世絵的な近代的写実性ゆえの質感や、目に水晶やハリダマ(ガラス)の玉眼を いれ、男雛と女雛に専用の壇(親王壇)が付属していること、また本体は男雛・女雛ともに手を持つなどの点が挙げられる。
    ◎化粧と髪形について
    江戸時代の主な化粧方法は鉄漿と眉剃り、そして美白である。男子の化粧は基本的に貴族のみのものであった。当時は女性の化粧した顔を見るだけで未婚・既 婚・離婚・子持ちのいずれかであるか判別できたという。江戸時代の化粧事情は、「容顔美艶考」や「都風俗化粧伝」といった書物から知ることができるが、こ れらの化粧方法の多くは明治3年(1870)に禁止令が出て現代では廃れている。
    髪形については、雛人形の原型となった平安貴族男子は武装する 必要がなく、武力を蔑視していたため頭を剃らずに髪を伸ばしたまま結い上げていたため、男雛の髪は剃られない。また女雛については大垂髪と垂髪という二種 類の髪型があり、大垂髪は最も格式高い髪形として、垂髪は貴族女性の最も美しい髪型として雛人形に取り入れられた。

     

    4 処置提案
    修復処置として以下の二点を方針としてあげた。
    ◎構造上及び修復に必要な強度保持の為の処置
    →今後保存、もしくは展示を行ううえで危険性が高い部分を補強・修復する。
    具体的には男雛の心棒の再接着、首部分の亀裂修復、冠と宝冠の再接着が挙げられる。
    ◎外観の向上
    →雛人形を雛人形として鑑賞する上で妨げとなるような汚れ等を除去する。この処置により埃などを除去することで、それ以上の劣化の促進を抑制する効果も期待できる。
    具体的には頭髪の除去、顔面の洗浄、冠の洗浄、歪みの矯正、眼球の補作が挙げられる。

     

    (中略)

     

    6 終わりに
    本研究を通じ、一つの作品が出来上がるまでには実に様々な技術、文化的背景、そして人の手と時間が関わっているということを改めて学ぶことができた。冠の 形一つ、頭の造詣一つにも深い意味があり、そこには当時の風俗、文化、そして人の考え方が如実に反映され込められている。
    また今回の修復で、保存環境の重要性についても考えさせられた。
    雛人形は複合素材でできているため、環境によってはとても弱く、すぐにヒビや亀裂が入ってしまう。故にその保存環境を整えることが、今後この雛人形を伝えていくうえで最も重要なことである。
    現在の雛人形にはない美の形を伝承するものとして、このような古い時代の雛人形はできるだけ継承していって欲しいと思う。

     

    原文から抜粋

     

     


     

    「木製和紙張り込み親王台の保存修復」武田綾乃

     

    1.はじめに
    昨年本学の文化財保存修復センターで個人の方から1対の古今雛をお預かりし、体幹部と屏風の修復を終えた。本年度も引き続きこの古今雛の修復を行うこととなり、私は古今雛に付属している台座である親王台の修復を担当した。
    親王台は張りこまれている和紙の剥離と欠損が著しく、雛飾りとして使用するには取り扱い難く、鑑賞する事が困難な状態であった。本研究は親王台を飾る上で 問題となる損傷を改善する事を目的とする。そのため、美術館等の収蔵品ではなく現在も使用されている工芸品であるというという点を重視し、欠失部分の復元 を含む修復を行った。

     

    (中略)

     

    3.主な損傷と処置提案
    男雛下段・女雛下段…和紙の剥離と欠失、木部の欠失と反り
    男雛上段・女雛上段…和紙の剥離、金属製釘の錆、木部の欠失と割れ
    和紙の剥離は全体に及んでいることと、木部への処置の必要があったことから、和紙と裂は解体し処置後に元の位置に張り込む事とした。
    木部の欠失部分は和紙を張り込むと空隙となるため充填を行い、金属製釘の錆は木部と釘を腐食させていたため除去する。また、和紙の欠失部分を補うための補修紙を作成することとした。

     

    4.実施処置
    和紙及び裂に対する処置
    1)解体:木部に張りこまれていた和紙及び裂を手で剥がし解体した。接着力が強い部分は金属のヘラを使用して剥がした。(写真3)
    2)クリーニング:和紙には消しゴムを粉状にしたものを、裂は硬めの豚毛筆を使用して表面に堆積していた埃を落した。
    3)裏打ち:裏面に生麩糊を塗布して薄美濃紙を接着し、刷毛で密着させた。(写真4)
    4)補修紙の作成:楮紙を合成染料で染色し、パステルを指でぼかし色調を合わせた。(写真5)平筆で市松文様を描き込んだ後、パステルを定着させるため、クルーセルEエタノール3%溶液を噴霧器で吹き付けて乾燥させた。

     

    木部に対する処置
    1)クリーニング:水を含ませた布で表面を拭き、付着していた土埃を除去した。
    2)金属製釘の錆の除去:ルーターで金属製釘の表面に付着していた錆を削り除去した。
    3)欠失部分と割れの充填:竹串を使用し酢酸ビニルエマルジョン形充填剤を充填した。(写真6)
    4)下張り:宇陀紙を台の寸法に合わせて裁断し、生麩糊を塗布して木部に接着した。(写真7)
    5)和紙と裂の張り込み:和紙と裂に生麩糊を塗布し、元の位置に張りこんだ。(写真8)

     

    5.おわりに
    ひとつの壊れかけていたものを修復するには多くの手段が必要である上、それらが正しいかどうかを判断することが難しく、常に迷いながら処置を決定してい た。1年を通して作品と接した事で、少しは正しい判断に近づけたかと思う。今回の処置の結果として、この作品が少しでも長く所蔵者に愛用されることを願っている。

     

    原文から抜粋

     

     

  • 法隆寺・百済観音像について -その特徴的造形からの考察-(抜粋)

    因幡聡美「法隆寺・百済観音像について -その特徴的造形からの考察-(抜粋)」

     

    法隆寺大宝蔵殿に安置されている観音菩薩立像は「百済観音」の名で親しまれる飛鳥時代の木彫像である。江戸時代の記録に本像が法隆寺に安置されていたことが記されているが、それを遡る伝来について文献からはたどることができず制作当初の事情は現在明らかではない。また本像の源流についての研究史をみてみると中国南北朝時代の斉・周、隋あるいは南朝にその源流が求められている。しかしそこには各時代のどの像の、どの部分に本像と類似の部分があるかが明確に述べられていないようである。本研究では本像に見られる特徴的な三箇所の造形を挙げ、その造形が中国ではいつの時代に見ることができるかを考察す るという方法で、本像の源流となる時代を検討した。またその特徴的造形を日本の飛鳥時代、白鳳時代、奈良時代頃までの作例とも比較することによって、本像の制作時期などの再検討も試みた。考察対象の特徴的造形として右肩から左腋にかけて表わされた僧祇支、腰位置の裳の折り返しの上から帯紐で留める形、膝前に表わされた環を用いた帯紐の結び目、の三箇所を取り上げた。

     

    まず右肩から左腋に表わされた僧祇支である。仏菩薩像に表わされる僧祇支とは、左肩から右腋に斜めに表わされることが多い下衣のことをいう。中国南北朝時代、隋、唐にわたる作例で本像のように右肩から左腋 にかけて表わされた像はきわめて少なく、圧倒的に左肩から右腋にかけて表わされたものが多かった。しかし注意を引く作例として甘粛省敦煌莫高窟 の隋代の壁画中から、右肩から左腋にかけて僧祇支のような下衣が表わされた菩薩像が増加しており、ここに何らかの隋代からの服制の変化をうかがうことができる。また日本の作例もこの形は中国作例同様に少なく、右肩から左腋にかけて表わされた像はわずか三例であった。さらに日本では僧祇支が表わされた像自体が少なく、あまり採用されなかった着衣であったようで、奈良時代になるとほとんど見られなくなる。

     

    次に裳の折り返しの上から 帯紐でとめる表現である。裳は仏菩薩が下半身に纏うスカート状の布で普通正面で打ち合わせ、上部を帯紐でとめ余った衣端を下方に折り返すことが多い。本像は折り目の上からさらに帯二条で留められており、体正面中心で一度結び目を作り、余った帯紐を足下まで垂らしている。このような裳の折り返し部分の形をもった作例は中国では隋代の金銅仏に特に多く見られ、唐になると量感表現に富んだ石造仏にも見られるようになる形であった。また日本の作例にも四例を見つけることができた。しかし白鳳時代頃からは菩薩像の裳は折り返すのみという着け方が主流となる。

     

    そして膝前に表わされた環を用いた帯紐 の装飾を見てみると、中国にも日本にも類似の形はなかった。では本像の環を用いた帯紐の装飾の源流をどのように考えるべきであろうか。中国には春秋戦国時代より現実の貴族の装身具に玉環を佩する(玉佩)風習があり、その着用方法の規定については『後漢書』「輿服志」、『隋書』巻十二、志第六、禮儀六や『新 唐書』「車服志」などに記載があることから、後漢から唐にかけて貴族の腰帯からぶら下げていたとされる装身具に玉環を飾る慣行があったことを示している。 貴族の装身具として用いられた玉環は、隋代になると仏教尊像に採用される。ボストン美術館蔵石造菩薩立像をはじめ隋代の菩薩像の体側面や背面に垂らした帯紐には玉環がつけられ、その上部や下部にリボンを伴う結び目を造る形が出現するのである。帯紐に環を飾るとう形態は貴族の装身具に源流を求められるものであり、隋代の菩薩像において考案された装飾ではなかったということである。そのような隋代の作例にはそれまでの造像には見られなかった、貴族の身に着けていた実際の装飾品を実物のように再現するという当時の風俗を反映させるという態度が支配していたといえよう。一方、帯紐にリボンを伴う結び目を造るだけのものは、北魏の龍門石窟釈迦説法図中の脇侍菩薩像にも表わされているように、北魏にはすでに仏教尊像の帯紐にリボンを伴う結び目を造るということは採用されている。帯紐の環を用いた結び目に関して、以上のことを踏まえ本像の膝前の結び目について考察すると、北魏から続く仏教尊像にリボンのついた結び目を表わすという慣習と、隋代から増加した帯紐に環を飾るという貴族の装身具を具体的に表わすという気風をもって、日本で独自に環とリボンが組み合わされ創作されたものであると指摘できよう。さらに仏師のモチーフへの認識不足、そして七世紀の造像にしばしばみられる様々な時代のモチーフを一つの像に取り入れるという自由自在な造像形態の一端をうかがい知ることのできる像として注目できる。

     

    本像の制作時期については光背や宝冠意匠などから七世紀中頃とする説が有力視されている。七世紀前半の日本は止利仏師らによる中国南北朝時代の様式の色濃い造像が主流であった。しかし、止利が法隆寺 金堂釈迦三尊像を造像した頃(623年)、中国では隋にかわり唐が建国されており、止利様と呼ばれる様式は時代遅れであったといえる。七世紀前半には広隆 寺に、隋代の菩薩像の玉佩からヒントを得たとの指摘のある腰佩垂飾(帯紐に環や結び目がついている)をつけた半跏思惟像が朝鮮半島から将来しており、この頃は止利様の南北朝時代様式のほかに隋の形を備えた像も存在していたということになる。そのため本像の上限を七世紀前半まで幅広く考えることも可能であろう。七世紀後半に止利様が造像の表舞台から退くと初唐様式が流入する。すなわち本像の制作時期の下限として考えられるのは初唐様式の流入以前の七世紀中頃 と推測することが可能であろう。隋はおよそ四十年で滅び、いわゆる「隋様式」という普遍的な統一様式を完成させるには至らなかった。しかし、隋代に出現した新しい造形が存在することは現存作例や本研究の考察からも明らかである。本像は隋代に出現した新様の形態の趣を伝える貴重な作例であるといえるだろう。

     

    原文から抜粋

     

  • 満州ポップシリーズよりとある玩具店のショーウィンドーケースの保存修復(抜粋)

    宮城加奈子「満州ポップシリーズよりとある玩具店のショーウィンドーケースの保存修復(抜粋)」

     

    1. はじめに
    平成22年度5月、青森県立美術館より林田嶺一作「満州ポップ」シリーズのうち2点を、文化財保存修復研究センターでお預かりする運びとなった。その内一点を私が卒業研究として保存修復処置を担当させて頂いた。林田作品の多くは「満州ポップシリーズ」といわれる作品郡で、本作も同シリーズの作品である。「満州ポップシリーズ」とは、満州から日本へ引き揚げるまでの幼児体験の記憶と体験をもとに描いた連作である。

     

    2. 研究目的
    本卒業研究では、今後の展示に耐えうる強度の回復を目的とした処置を行うこと、同時に耐久性に劣る素材が用いられている現代美術作品の保存修復について考察しながら保存修復処置を行うことを目的とした。

     

    3. 作家略歴
    1933年 旧満州国懐徳県公州嶺泉町(現:中国吉林省公嶺市)で生まれ、後に大連へ移る
    1944年(11歳)京城(現:ソウル)に移る
    1945年(12歳)終戦後日本に帰国し留萌町礼受(北海道)に着く
    1954年(21歳)北海道庁に勤務
    1999年(66歳)大麻公民館(江別市)にて個展開催
    2001年(68歳)『キリンアートアワード2001』「優秀賞」を受賞
    2005年(72歳)『林田嶺一ポップアート展』開催(江別市)
    2010年(77歳)北海道江別市在住

     

    4. 作品概要
    作品名:とある玩具店のショーウィンドーケース(軍医と戦闘機と負傷者難民「キャラクター」)
    制作開始年:中央1985年/右1993年/左1993年
    分類:ミクストメディア
    寸法:最大高95.8㎝、最大幅178.7㎝、最大奥11.1㎝
    重量:23.0㎏
    使用された材料・素材:木材、プラスチック板・フィルム、金属板、接着剤(ビニル系、エポキシ系)、石膏、モデリングペースト、アクリル絵具、ポスターカラー、紙(印刷物)、ジッパー、キャンヴァス(コラージュに使用)、フィギュア など

     

    5. 損傷状態
    作家は、独立した幾つかの作品を組み合わせて一つの作品としている。中央・右・左の3作品で構成されている本作も、その時々の表現により、現在とは異なる作品が組み合わせられていた時期があった。幾度にも及ぶこのような組み換えを一因とする構造の不具合により、各作品の接合箇所が脆弱化し、今後展示に耐えられなくなる可能性が考えられる。また、本作表絵画面は、プラスチックフィルムの支持体上にモデリングペーストと石膏などを混ぜ合わせた白色の下地層を作り、この上にアクリル絵具彩色層があるといった構造になっている。木枠表面には蛍光ポスターカラーによる彩色がある。作品表面における損傷の大部分は、これら白色下地層の剥離・浮き、ポスターカラー層の剥離・剥落である。

     

    6. 実施処置
    上記処置提案に沿って、以下のような処置を行った。
    作品表面への処置
    ■白色下地層とプラスチックフィルムの剥離留め
    ディスペンスガンを使用して、スチレン・ブタジエンゴム系接着剤ジメチルエーテル希釈による剥離留めを行った。
    ■彩色層の剥離留め
    ポスターカラーの剥離留めにはアクリル系接着剤キシレン25%を、アクリル絵具の剥離留めにはビニル系接着剤アセトン20%を使用して接着した。
    ■ドライクリーニング
    ミュージアムクリーナー、刷毛を使用して堆積した塵埃を除去した。
    ■絵具層表面の洗浄・カビの除去
    イオン交換水(42度程度)を使用し、アクリル絵具層表面の洗浄、カビの除去を行った。
    作品裏面への処置
    ■紙資料の剥離留め
    紙資料の種類によってセルロース系接着剤イオン交換水3%、ビニル系接着剤アセトン25%を使い分け剥離留めを行った。
    ■構造の強化
    中空アルミパイプを加工しフレームを作成し、作品裏に取り付けることで、作品全体の安定を図った。

     

    7. おわりに
    21世紀の「戦争画」として高く評価されている林田作品の社会的意義を考え作品の内に迫る機会を手にすることができたのは、非常に貴重な経験であった。同時に、現代作品における保存修復の難しさと面白さを学んだ。一年間、多方面で支えて下さった皆様に心より感謝申し上げたい。

     

    原文から抜粋

     

  • (共同研究)六所神社 木造六所権現本地仏の修復、及び保存環境の対策(抜粋)

    石井紀子/左治木悠子「(共同研究)六所神社 木造六所権現本地仏の修復、及び保存環境の対策(抜粋)」

     

    1. はじめに
    平成21年、山形県鶴岡市の六所神社木造六所権現本地仏の修復が東北芸術工科大学文化財保存修復研究センターに依頼された。ご本尊は修復処置後の保存環境についても対策を講じる必要があるため、仏像の安置環境について調査・研究を行った。この修復と保存環境対策の2テーマをより深く研究するため、修復処置を立体作品修復室の石井が、保存環境対策を保存科学研究室の左治木が担当した。なお、6体の内、薬師如来立像を修復し、処置は本センター彫刻修復担当の岡田専任講師と所蔵者の方々との協議の上行った。

     

    2. 六所神社木造六所権現本地仏について
    古来、日本 人は山岳や巨石など自然そのものを敬い、神の姿形は現されなかった。6世紀中頃に朝鮮半島から仏教経典や仏像が伝来すると、神道にも神像が造られるようになり、平安時代中期頃になると神と仏(如来)は同じ存在であると考えられ、本地垂迹説が説かれた。これは、仏(本地)が衆生を救うために神(垂迹)という仮の姿で現世に現れる(権現)というものである。本地垂迹説は全国に広まり、多数の神々の本地仏が定められた。この思想は明治4年(1871)の神仏分離 令まで長く続いた。
    六所権現本地仏像も同様の思想に基づく仏像で、地蔵菩薩立像・釈迦如来立像・阿弥陀如来立像・勢至菩薩立像・観音菩薩立像・薬師如来立像はそれぞれ愛宕社・春日社・八幡社・加茂社・稲荷社・祇園社の本地仏である。
    六所神社とは、六柱の神々を合祀した神社で、社殿の鎮座する地域の氏神として崇敬されている。
    本研究で修復処置を行う薬師如来立像の概要を以下に述べる。

     

    薬師如来立像(垂迹神:祇園社)
    法量(㎝)
    像高(最大高):50.3  腹厚(衣上・最大厚):9.4
    肘張(最大張):17.0
    如来形。右手を屈臂し、五指を伸ばす。左手に薬壺を持つ。円光背。長方形の岩座のような台座に立つ。

     

    3. 状態観察
    3.1. 損傷状態
    6体は同様の損傷を受けている。金箔層には剥離、彩色層・下地層に剥落、剥離が生じ、特に厨子の東側に安置されている勢至・観音・薬師の背面に多い。虫損は勢至と薬師に多く、食害によって衲衣裾と裙裾の形状が失われている。また、台座に無数の虫孔があく。埃やカビのような物質が混在した白色付着物が彩色層上に見られ、各像の肩や胸、前膊、体側に垂下する衣に多く付着している。指先などを欠損・朽損し、足先や光背留めを亡失する。

     

    3.2. 構造観察
    透過X線撮影により、本像は一木造、如来形は手足先、菩薩形は肩先、足先を別材で造る。面相部を耳前で割矧いで内刳を施し、地蔵以外は米粒状の納入物を込める。

     

    3.3. 樹種同定
    東北大学学術資源研究公開センター植物園の協力により、本像はヒノキ科アスナロ属、台座はマツ科マツ属複維管束亜属であることが判明した。

     

    3.4. 塗膜層
    本仏像の金箔層(箔+下地)・彩色層(茶色+下地)の技法を調査するために、走査型電子顕微鏡(SEM)とエネルギー分散型X線分光分析(EDX)・X線 回折による分析を行った。その結果、下地からはCaCO3が検出され、時代性も考慮すると胡粉である可能性が高い。金色の塗膜層は金箔であった。茶色の塗 膜層は顔料と思われる結晶の検出量が低く、①染料②体質顔料(基底材(白土等)+染料)③染料+顔料などの技法が用いられた可能性がある。

     

    4. 保存環境調査
    文化財の劣化は、作品が保管されている環境によって被害の程度が変化する。この環境という言葉には、光や温湿度・大気・生物などあらゆる要因が含まれている。本研究で扱っている仏像は虫喰いや彩色層の剥落など甚大な損傷を受けている。像は神社建物内にある木製の厨子に安置されており、扉は閉められ普段人が見ることはない。そこで今回は温湿度と文化財害虫の2つの環境因子を調べることにより、損傷の原因を明らかする。そして今後の保存環境を改善するための一助とすることを目的とする。

     

    4.1.温湿度の調査
    神社施設の内部と、さらにその中にある厨子の中の温湿度を約1年間にわたって計測した。調査には計測器(データロガー)を使用し、30分毎に測定を行った。
    当神社は山の中腹部に位置しているため市内の気温と比較すると2、3度低い。神社内部の温度はおおよそ夏25℃~30℃・冬-5℃~5℃を記録した。湿度は高く、年間を通してRH60%以上出ていた。厨子は神社の一番奥(北側)にあり、建物に組み込まれる形になっている。神社内部と比較すると、温度は 1,2℃程度夏は低く、冬は高い。違いがはっきりしているのは湿度である。夏はRH80%以上、冬はRH100%前後を保っていた。また、一日(24時間)の温湿度変化は、厨子の中が最も緩やかな曲線を描いていた。
    以上の結果から、厨子の中は①周辺の環境より温湿度の変化が緩やかであり、②高湿であるということがいえる。仏像の材質にとって①はメリットであるが、②は彩色層が劣化しやすくなるためデメリットである。

     

    原文から抜粋

     

  • 錦絵有機色材の同定を目的とした3DF,IR,Vis-Refl スペクトルの有用性の検討と明治初期錦絵の色材調査(抜粋)

    大和あすか「錦絵有機色材の同定を目的とした3DF,IR,Vis-Refl スペクトルの有用性の検討と明治初期錦絵の色材調査(抜粋)」

     

    1.緒言
    本学の有機分析分野の技術の向上を目指し、有機分析における資料同定に必要な標準を試料を作成し、非破壊でも資料情報の取得が可能な蛍 光分光光度計(写真1)、分光光度計(写真2)、FT-IR(写真3)それぞれから得られる三次元蛍光(3DF)スペクトル(写真4)、可視光反射 (Vis-Refl)スペクトル(写真5)、赤外吸収(IR)スペクトル(写真6)を用いて試料の分光学的特性を記録し、スペクトルライブラリーを作製、 有用性についての検討を行った。
    現在本学には、明治初期に製作された錦絵が保管されていることから、今回は錦絵の有機色材を調査対象と仮定した際の標準試料を作成し、スペクトルライブラリーを作製した。また、錦絵の色材調査もライブラリー作成と平行して行った。

     

    2.研究方法
    2-1スペクトルライブラリーの作製
    標準試料作製に使用する有機色材には、浮世絵(錦絵)の有機色材として古来より用いられてきた天然染料:紅花、欝金、藤黄、棠梨、黄蘗、藍、露草から作製した色材と、明治初期に新たに導入されたと考えられる色材:ローダミンB、ローダミン6G、塩基性フクシン、塩化ロザニリン、本洋紅、コチニールを用い た。これらの色材を越前奉書(楮紙)と山桜(板)に着色し、錦絵の版画と版木の標準試料を作製した。各標準試料からはL*a*b*値とVis-Reflスペクトル、3DFスペクトル、 IRスペクトル、さらに有機色材の劣化によるスペクトルの変化を測定するために、キセノンフェードメータまたは紫外線ランプを用いて最大336時間の劣化促進試験を行い、各試料のスペクトルの測定を行った。

     

    2-2錦絵の色材調査
    錦絵の無機色材調査には可搬型蛍光X線(XRF)を主に使用した元素分析を行い、目視、マイクロスコープ観察による彩色や粒子の確認、X線透過撮影による色材の強度差の確認を行った。(写真7、8)有機色材調査には、3DFスペクトル法を中心に調査を行った。他に、同色色材の判別法としてVis-Reflスペクトルの測定を行った。

     

    3.研究結果と考察
    3-1スペクトルライブラリーの作製と有用性
    各標準試料から得られたスペクトルが色材同定のデータとして有用であるかを評価する基準を次に定めた。
    3DF:同色系色材の中で重なることなく色材特有のピークと等高線マップの形状が見られ、かつ支持体からの蛍光反応よりも強度値が5倍以上大きい。
    Vis-Refl:同色系色材の中で重なることなく色材特有の反射スペクトルの形状を示す。
    IR:色材のみのスペクトルをあらかじめ測定し登録した検索機能において、標準試料を測定したスペクトルデータとそこから支持体と展色材のスペクトルを引いた差スペクトルの結果が、類似度上位20位以内に検索され、かつ一致度が70%以上である。
    以上の基準を満たした上で、各標準試料から得られたスペクトルが色材同定のデータとして十分に有効であると判断したものを以下し示す。
    〈錦絵標準試料〉3DF:紅花、黄蘗、欝金、ローダミン6G、Vis-Refl:紅花、棠梨、藍、露草、ローダミンB、ローダミン6G、IR:未実施
    〈版木標準試料〉3DF:黄蘗、欝金、Vis-Refl:藍、露草、ローダミンB、ローダミン6G、IR:欝金、藤黄、棠梨
    上記の結果は全て標準試料の未劣化の状態の結果である。劣化試験によって試料の状態が変化することによって色材同定に有効なスペクトルデータを得ることは難しくなっていく。

     

    3-2錦絵色材調査
    赤色系色材の箇所から、Hg、Brを含む箇所が多く確認され、3DFスペクトルより支持体とは異なる蛍光反応が見られた。Hgは水銀朱(HgS)由来のピークであり、蛍光反応とBrは合成染料に由来するものであると考えられる。
    青色系箇所では、Feを検出したため、ベロ藍(Fe4[Fe(CN)6]3)由来のFeであると推測される。また、Vis-Reflスペクトルによってもベロ藍に近いスペクトルが得られた。
    黄色系箇所からは、Asが検出された箇所と3DF法によって有機色材由来のピークを確認できた。Asは石黄(As2S3)由来の元素、蛍光ピークは本研究により作製したスペクトルライブラリーから欝金の色材ピークであると確認した。
    緑色系箇所からは、AsとFeが同時に検出される箇所が見られたため、石黄とベロ藍の混色であると考えられる。
    この他、茶色系箇所からは、Feが検出され、酸化鉄(Fe2O3)由来のものと推定した。黒色系箇所は色材を特定するスペクトルが得られなかったことから、炭素由来の色材であると考えられる。

     

    4.まとめ
    一つの分析機器が全ての試料に有効な結果を残せる訳ではない。各分析機器の結果を総合的に解釈することで試料同定の可能性を高めることに繋がるのである。 本研究のスペクトルライブラリー作製によって、一つの試料に対して多角的に分析結果を提示することが出来たことは、今後の有機試料の同定調査の成果になるものと考えている。
    明治期錦絵の色材調査では、合成染料,顔料が多く輸入されている状況の中でも、天然染料による色材がモチーフや表現によって使い分けられていることが確認できた。

     

    原文から抜粋

     

  • 鎌倉時代やまと絵の『実景性』(抜粋)

    佐藤容「鎌倉時代やまと絵の『実景性』(抜粋)」

     

    鎌倉時代美術はこれまで「リアリズム」「写実的」といった言葉でくくられてきた。かつては鎌倉時代やまと絵にも実際の風景「実景」を絵に描く意識の存在 が指摘されていた。現地を見た上で絵を描こうとする等、当代絵画にはその背景に実景が関わる例が散見され、それが風景を実際に見て描くという行為の証拠として捉えられていたのである。近年この議論は、「やまと絵に実景は描かれない」という方向に収束しつつある。しかし制作背景に実景が関わりながら、それが絵には全く反映しなかったのか。『新名所絵歌合』(13世紀末)絵巻もまたその成立に実景の絡む作例だが、その特徴は絵に歌の世界が具体化されるという、 絵と歌が密接に結びついた風景表現である。この作品を出発点として、本研究では鎌倉時代やまと絵と和歌文化との関連から、その絵画表現に実景がどの様な形で関わっていたのかという「実景性」を探る。

     

    第1章 『新名所絵歌合』と和歌
    13世紀末『新名所絵歌合』は、伊勢神宮で行われた歌合の歌意を描いた歌合絵である。実際に目にしている地元から選出した伊勢の「新名所」を歌に詠み、絵には大方一致してその風景が描かれているという、 絵と歌が密接に関わった作品である。新名所を地元から選び絵(歌)にしたという部分から、これまで本当にその土地を描いた絵であるのかという視点で、実景か否かが議論されてきた。全く実景ではないとは言い切れないが、歌合では伝統的な風景イメージが盛り込まれた当時の常套的な歌を詠んでおり、歌と一致した絵はそのイメージを描いたものと言える(写真1、2)。

     

    第2章 和歌と「実景」-和歌に詠まれた風景
    和歌の風景表現は、国文学 分野でも非常に興味を持って研究が重ねられているテーマである。12世紀末から始まる中世和歌は風景を印象的に描写した叙景歌が多いとされる。その原因と 言われているのが、平安時代9世紀後半~10世紀に流行した屏風絵・屏風歌である。目前の絵を歌に詠むという方法は「眺める」という意識を生み、人々は風 景を描写するために必要な客観的な見方をするようになったという。13世紀末から14世紀初頭にかけて、力を持っていたのは二条派と京極派であった。特に後者はリアルな風景を詠む事で有名だが、写実的=実際の風景の描写(実景)に直結する訳ではない。この時代に詠まれた歌は、「本歌取り」という方法を用い て伝統的な風景の型=共有されたイメージを詠むことが中心であった。しかし当時の歌人の中では、よい歌を詠むために実際の風景をよく観察することが説かれた。中世和歌では単に決められた型をそのまま詠むのではなく、時には自身の体験・感覚を織り込みながら詠むことで、その伝統的イメージがより具体的に表現されていた。

     

    第3章 自然風景の中で歌を詠む人
    -『西行物語絵巻』と『一遍上人絵伝』-
    鎌倉時代やまと絵には豊かな 自然風景が写実的に描かれる。一般的に自然描写の発展は中国絵画の影響のもとで語られることが多いが、絵を見たときそこには当時歌に詠まれた風景に共通す る感覚を見出すことが出来る。例えば『一遍上人絵伝』(1299)に多くみられる秋田の絵(写真3)と、この歌を比較する。
    「いろいろにかど田のいなほふきみだる 風におどろくむらすずめかな」
    絵・歌共に、風が鳴子を鳴らし稲穂の中から鳥(雀)が飛び立つ場面が浮かぶ(写真4)。また空間的な広さも本絵巻の大きな特徴であるが、その空間構成もま た歌と共通する部分がある。陸奥の里(写真5,6)は、手前の近景と奥の遠景という別々の「舞台」によって、空間的広さ・錆びれた雰囲気が表現されてい る。こうした画面構成は鎌倉絵画には多い(写真7,8)。遠くの里・近くの田という景色を組み合わせて一つの空間を作る方法は、和歌にも見られる。
    「梅が香は枕にみちてうぐひすの 声よりあくる窓のしののめ」
    歌は①近景に梅香と枕②中景に梅と鶯③空の月を歌う。この三景は嗅覚・視覚・聴覚により別々に捉えられ、「窓」がこれらを一つの風景としてまとめていると いう。歌に詠む景色を別々に把握し一つの広い空間として再構成するという和歌の構築方法は絵にも通じるのではないか。鎌倉絵画の視線を引いた広い空間・多 様なモチーフによる精緻な表現は和歌の風景イメージにも共通し、そこにはやはり身近な自然を観察するという実体験が反映していると思われる。

     

    第4章 鎌倉時代やまと絵の「実景性」絵・歌のイメージから
    歌に詠まれる風景の中でも伝統イメージが特に強く反映する名所歌。それを描いた名所絵も当然そのイメージに縛られる。伝統的な名所「白河関」の風景イメージの形成過程からは、共有されたイメージに「実景」という要素がどの様に関わっていたのかが伺える。
    「都をば霞とともにたちしかど 秋風ぞ吹く白河の関」
    これは、「辺境の地」というもとから白河関に付されたイメージに基づきつつ、実際に現地で詠まれたものである。その後、「白河関」歌には秋の景物である紅 葉や月が登場することが多くなり、後世の「白河関」歌に大きな影響を与えた。この土地は『一遍上人絵伝』にも描かれている。紅葉した木々が印象的な秋の風 景であり、ここにも能因による「白河関」のイメージが反映していると思われる。いかにリアルな風景であっても作られたイメージに過ぎない絵や歌にとって、この白河関のイメージ形成過程は、「実景性」を考える上で大きなヒントとなると思われる。恐らく、実見による記憶(実体験)は、従来の風景イメージを無視するのではなく、そのイメージをより強化するものとして関わっていたのだろう。

     

    原文から抜粋

     

  • 『寛文美人図』の成立について −特に『褄を取る』図像を中心に− (抜粋)

    阿部俊継「『寛文美人図』の成立について −特に『褄を取る』図像を中心に− (抜粋)」

     

    【はじめに】「寛文美人図」(図1)とは寛文期(1661~73)頃に流行したとみられている美人画の一形式である。本研究では図像としての側面から、何を典拠として「寛文美人図」の形が成立したのかを探ることを目的とする。

     

    【研究史】「寛文美人図」の成立について言及した先行研究は以下の三つの説にまとめられる。Ⅰ「邸内遊楽図」の群像表現の少数化と背景の省略により成立したとする説、Ⅱ「舞妓図屏風」が一扇ごとに切り離されて成立したとする説、Ⅲ『伊勢物語』の影響により成立したとする説。

     

    【遊楽図との関係について】近世初期風俗画のうち、遊楽が対象となった風俗図を「遊楽図」と総称し、虚構の妓楼を描いた「邸内遊楽図」はその多くが寛永期(1624~45)に描かれている。「邸内遊楽図」の女は鑑賞者に対して身体と顔を正面に向けほぼ直立しているが、「寛文美人図」の女は下半身と顔が逆を向いており、身体が大きく捻られている。このような舞姿の差異から、「邸内遊楽図」の女を一人抜き出したとしても「寛文美人図」は成立できないと思われる。

     

    【「舞妓図屏風」との関係について】「舞妓図屏風」とは丈の低い小振りの六曲屏風の各扇に、一人ずつ舞姿の女を配したもので、制作年代は元和(1615~1624)から寛永(1624~1645)とされている。これら「舞妓図屏風」と舞姿の「寛文美人図」を比較してみると、「舞妓図屏風」では腰が太く表されるのに対し「寛文美人図」では腰が締め上げられている。また「寛文美人図」は、身体の関節を多用しS字に身体をくねらせているが、このようなS字の曲線は「舞妓図屏風」の女には見られないものである。このような姿型の差や描かれた目的の違いから「舞妓図屏風」を「寛文美人図」の成立母胎とすることはできないと考えられる。

     

    【『伊勢物語』及び『縁先美人図』との関係について】『縁先美人図』(東京国立博物館蔵)は「寛文美人図」とされることが多く、女の姿型は「寛文美人図」の「褄を取る」姿型と同一のものである。奥平俊六氏は論文内で『縁先美人図』が『伊勢物語』「河内越」を当世風に描いた「見立河内越図」と呼ばれる一連の作品から成立したものとしている。

     

    原文から抜粋

     

  • 漂白剤を使用した洗浄処置が絵絹に与える影響 (抜粋)

    酒井翔月「漂白剤を使用した洗浄処置が絵絹に与える影響 (抜粋)」

     

    【緒言】本研究では、これまで明らかにされてこなかった絹本作品の漂白処置法に関して調査を行い、調査結果を踏まえた漂白実験と、視覚情報を中心とした評価方法で絹へ及ぶ影響を明らかにする基礎研究を実施した。

     

    【文献、聞き取り調査 】事前に使用薬剤の種類、漂白方法、漂白処置の問題点や漂白剤が材質へ及ぼす影響に関して、文献及び山形市内の表具師の方から聞き取り調査を行った。

     

    【予備実験】過マンガン酸カリウム液の濃度を0.01~5%で段階的に調製し、浸漬時間を3分~24時間で実験し、マイクロスコープ、走査型電子顕微鏡(SEM)観察で絹繊維の変化を比較し、絹が薬品によって劣化しない作業条件を考察した。本紙の変色や破壊の要因に関しては、エネルギー分散型X線分光器(EDS)を用いて、漂白後の絵絹に残留する物質を分析した。

     

    【本実験】評価方法は、汚れ部分のみ漂白を行い、マイクロスコープ観察、彩色測定の結果から考察した。

     

    【漂白処置の作業条件】予備実験の結果、絹へのダメージが小さい濃度は過マンガン酸水溶液0.01%、0.05%、0.1%であったが、汚れの漂白効果は低かった。一方、漂白効果が高い濃度は、10分以下の浸漬時間で過マンガン酸液0.5%(事前に汚れ部分の水洗いを行った場合)、1%の濃度であった。しかしSEM観察で繊維が崩壊する様子を確認したことから、絹繊維にダメージを与える条件であると考えられる。
    本研究では絹へ与えるダメージだけではなく、汚れの漂白にも重きを置いたため、0.5%は適する濃度だと結論付けた。更に濃度を上げた場合漂白作用は高くなるが、1%や5%は予備実験で繊維へのダメージを確認したため、漂白に用いることは避けたい。以上を踏まえると、1%や5%の濃度よりは繊維への負担が小さく、尚且つ汚れを漂白できる濃度は0.5%であると判断した。

     

    【漂白後の残留物質】漂白後の試料からナトリウム(Na)と硫黄(S)が検出された。これらは過マンガン酸カリウムの色素を還元する亜硫酸水素ナトリウムに由来する物質である。

     

    【総括と今後の課題】本研究の結果から考察した絹への負担が小さく、汚れの漂白も可能な作業条件は、0.5%の過マンガンカリウム液に10分浸漬させた場合であった。しかし糸状菌による汚れのみ検討を行ったため、別の種類の汚れに対しても有効であるか再実験を要する。

     

    原文から抜粋

     

  • 被災した扁額『満盞流霞』の調査と保存修復処置 (抜粋)

    棚橋美沙希「被災した扁額『満盞流霞』の調査と保存修復処置 (抜粋)」

     

    【はじめに】東日本大震災で被災した作品20点の内の1点である扁額作品「No.15 満盞流霞」の処置を担当した。

     

    【作品概要】材質技法:絹本墨字/制作年:明治18年(1885)/作者:日下部鳴鶴(署名:鳴鶴仙史東作)/形態:扁額装、金箔地台紙、黒色塗縁木

     

    【作品調査】形態は扁額装で、下張りは画面側5層、裏面側4層の文書紙が木製の骨組子に層状に重ねて貼られていた。本紙は繻子織の絹本で「満盞流霞」の文字が墨で書かれていた。本紙のまわりには金箔台紙の大縁が施されていた。

     

    【損傷状態調査】作品は震災以前の経年劣化、震災での被災、双方の影響を受けていた。中でも、津波とともに押し流されて付着したパルプ屑などは作品を鑑賞の妨げや、作品に悪影響を及ぼす危険性があった。また、本紙や金箔台紙の破れから剥離・欠損が生じるなど激しい損傷が見られた。

     

    【処置方針】所蔵者に選んで頂いた作品「No.15満盞流霞」の本格修復、仕立て直しを行う。以下の3つを基本方針とする。①現状よりも安全に保存できる状態を目指す。②「保存額装」の形に仕立てる。:グレージング(紫外線カットアクリル板)の採用。③本格的な修復として再び額に仕立てる:本紙と金箔台紙の修復、パネル装、縁木などの額装ベース部分の新調。

     

    【実地処置】今回、作品の処置に加え、新しい下張りパネルの作成も並行して行った。

     

    【本紙への処置】作品は状態観察・記録後クリーニングを行い、付着物・旧裏打ち紙の除去後、新たな肌裏打ち・増裏打ちで本紙を補強し、新しく作成した下張りパネルに貼り込んで額装に仕立てていった。

     

    【下張りパネルの作成】本作品の下張りパネルは劣化損傷が激しくみられ、作品を安全に長く保存するために新しい下張りパネルを作成することにした。今回は計8層の紙を重ねた下張りパネルを作成した。

     

    【処置後の考察】下張りパネルは旧パネルに比べて、保存面に配慮した仕掛けを骨に施し、良質な紙の層を増やしたことで作品によりよい環境の下地をつくることが出来たと言える。仕立て直しを行ったため、作品の本紙と金箔台紙以外の印象が、以前と比べると大きく変わったところが多く見受けられると思う。

     

    原文から抜粋

     


フォトギャラリー

  • 文化財保存修復学科 [絵画修復/立体作品修復/保存科学]
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教員紹介

米村祥央 准教授 /学科長
Yonemura Sachio

米村祥央 准教授 /学科長
Yonemura Sachio

東京藝術大学大学院・文化財保存学専攻修了。工学修士。


専門は、文化財保存科学、分析化学、文化財分析・文化財保存環境・保存処理材料分析。現在、東日本大震災で被害を受けた書物等の洗浄・修復作業などに取組んでいます。
主な研究論文:ポリエチレングリコールの低分子化 元興寺文化財研究所研究報告2002(2002年)、出土木製品の保存処理に使用されるPEGの劣化について 元興寺文化財研究所研究報告2001(2001年)
主な受賞:日本文化財科学会第25回大会ポスター発表賞(2008年)

 

2008 民俗文化財所蔵期間における収蔵物の整理共同作業  山形県新庄市新庄ふるさと歴史館
2011 講演/東日本大震災における報告と今後の備え―山形県文化遺産防災ネットワークによる被災資料の受け入れと応急処置―  横浜
2011 シンポジウム/「東日本大震災にみる地域の『記録』その現状と課題」分科会講師  山形遊学館
2012 講師 山形市ボランティア体験講座(被災文化財レスキュー体験:山形市江南公民館)  山形市
2012 東北地方太平洋沖地震被災文化財等救援委員会 公開討論会登壇、活動報告

2012 「平成23年度常磐自動車道(県境~山元)建設に係る日向遺跡出土漆器保存処理」業務  山本町
2013 山形県立博物館蔵「三島通庸佩刀」の分析と修復処置  山形県立博物館

長坂一郎 教授
Nagasaka Ichiro

長坂一郎 教授
Nagasaka Ichiro

早稲田大学文学研究科修士課程芸術学(美術史)修了。博士(文学)。

 

日本彫刻史を専攻して平安時代から鎌倉、室町時代にかけての彫刻作品(仏像、神像、仮面、狛犬など)を研究対象としています。

彫刻作品は時代とともに形を変えてきました。また美術作品はただ訳も無く制作されてきたものではありません。作品つまり形には必ず意味があります。その作品が何を意味し、なぜその時に制作されたかを理解することが必要です。そこで重要なことは日本の彫刻作品はそのほとんどが制作背景に仏教や仏教と日本の神信仰とが入り混じった神仏習合思想を持つということです。それらをもとに作品研究を行っています。 美術史を学んでいくにあたってまず必要なことは作品に対して興味を持つことです。また作品から情報をたくさん得るためにはその作品を細かく見る必要がありますが、見るといっても漠然と外見を視覚でなぞって感想を持つだけでは飽きてしまうのが普通です。そこで必要なのが「モノの見方」。何をどう見るのかという知識と訓練によって作品鑑賞は格段に楽しくなります。そして一度慣れてしまえばあとの人生において豊かな気持ちで過ごせる時間を持つことができると思います。美術史を勉強する利点の一つです。
2005 神仏習合像の研究  中央公論美術出版社

2005 彫刻にあらわされた神の形  仏教美術研究上野記念財団助成研究会報告書32冊
2004 日本仏教における神仏習合の伝播について  日本宗教文化研究8?2
2004 片膝を立てる女神像の坐法についての覚書  奈良美術研究創刊号
2004 神仏習合の成立と神像の意味  風土と文化5号

2008 山形美術館蔵新海竹太郎作「聖観音像」の制作背景について  東北芸術工科大学紀要15号

柿田喜則 教授
Kakita Yoshinori

柿田喜則 教授
Kakita Yoshinori

東京藝術大学大学院美術研究科文化財保存学保存修復彫刻後期博士課程満期退学 修士(文化財)

 

私の専門は、古典彫刻。主に仏像の調査・研究・修復をおこなっています。また大学とは別に工房を構え、彫刻家として新しい仏像や美術作品も作ったりしています。 http://www.tokyo-bunkazai-center.com/  僕等は長い歴史の上に生きています。そしてこれからも歴史は続いていきます。先人達が守り伝えてきた文化や造形に触れることは、制作された造像技術を体感するのみならず、当時の人々の営みや時代の気風、大切にこれまでに受け継いできた人々の心を感じています。そういったものをどのようにして未来につなげようとするか考えた時、いつも私自身が、歴史を担っている一人である事を自覚します。  日本の文化財、特に仏像は信仰の対象として現在においてもその役割を担っています。人から人へと大切に受け継がれてきたものであり、人々の思いも含めてこれまで残ってきたものです。仏像は単なる「もの」ではなく、人々の心、「こと」が含まれます。つまり、仏像には「ものごと性」があり、この仕事は、過去と現在と未来を繋ぐ『ものごとづくり』なんだという事です。私自身、この『ものごとづくり』を通じて、これまで人として成長できたように感じています。

 

主な制作・研究:法隆寺百済観音堂天蓋制作事業参加(共同1997),文化庁ふるさと文化再興事業地域伝統文化伝承事業「茨城県指定文化財別雷皇太神所蔵神事面10面模造制作」(2005),文化財保護・芸術助成振興財団助成金「平等院および浄瑠璃寺阿弥陀像を中心に3Dデジタルデータによる定朝様式の比較研究」(共同2006),神奈川県川崎市光明院本尊大日如来坐像制作(2014),神奈川県川崎市光明院仁王門内仁王像制作(2016)

杉山恵助 准教授
Sugiyama Keisuke

杉山恵助 准教授
Sugiyama Keisuke

東京学芸大学教育学部環境総合科学課程文化財科学専攻卒業。学士。

 

専門は、東洋絵画修復。

 

著書 :‘The study and conservation of the silk painting Death of the Buddha’, British Museum Technical Research Bulletin, volume 8, 2014年、‘Conservation of Japanese paintings on paper and silk: tradition and innovation’ Authenticity and Replication: The ‘Real Thing’ in Art and Conservation, 2014年、「大英博物館における日本絵画の保存修復」第3回文化財の保存及び修復に関する国際研究集会 日本絵画の修復 -先端と伝統 東京文化財研究所, 2011年

中右恵理子 講師
Nakau Eriko

中右恵理子 講師
Nakau Eriko

東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程文化財保存学保存修復油画修了。博士(文化財)。

専門は、西洋絵画修復。

 

著書・共著:『文化財保存学入門』丸善プラネット、2012年、共著「絵画表面に用いる修復材料の基礎的研究―壁画修復を中心にー」『文化財保存修復学会誌』第53号、2008年、共著「アフガニスタン流出仏教壁画片の調査と修復」『東京芸術大学美術学部紀要』第47号、2009年、共著「東京美術学校西洋画科卒業制作品・自画像の技法材料、保存修復に関する研究Ⅹ」『東京芸術大学美術学部紀要』第51号、2013年

非常勤講師

非常勤講師

石澤靖典
大西智洋
岡部伸幸
片岡直樹
坂本雅美
佐藤琴
佐藤庄一
白幡菜穂子
成瀬正和
松崎俊之
元木幸一
山崎真紀子


目指せる代表的な職業と取得できる資格

代表的な進路先:
公務員、団体職員/ライター、文芸作家/美術館、文化施設/旅行、観光、ブライダル/ホームページ・雑誌編集/広告代理店、マスメディア/販売、商業施設/化学、材料、環境/金融機関/NPO(芸術、教育)/学芸員
取得できる資格:
学芸員