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| タイ国東北部研修旅行を振り返って 歴史遺産学科 3年 高橋里江 タイは居心地がよかった。初めて訪れた国であったが、とくにイサーン(タイ東北部)は心安らいだ。その理由を考えてみると、おそらくここでの暮らしが「自然」であったからだと思う。無理に何かを排除しようとしたり、逆に近すぎる距離にいたりというようなことはなかった。村の中はもちろん人ごみの街中でも、後ろめたそうな目つきの野犬が何匹も歩いていたり、牛の群れが道路脇で草を食べていてもなんてことはないし、ホテルの部屋にカナチョロやアリが這っていたって騒いだりしない。タイでは自然に受け入れられていて、それが当たり前だった。動物と人がちょうどいい距離を保ち生活していた。 田園風景もそうだ。田んぼの中には木々が茂り、稲田は品種淘汰がされていないせいか高さがバラバラで波打っている。その光景は木もなく均一な日本の田園風景に比べると、一見雑に見える。しかし、木々の落ち葉は田の有機肥料になり、枝は家庭用燃料の炭にする。切ることで株が増えるユーカリや炭にいい木を植えているらしい。稲は品種を単一化しないことでやせた土地(地下から塩分があがってくる)や不順な気候にも耐性をもつ。稲刈り後、家畜の牛を放牧して糞を有機肥料とし、そこに集まる甲虫を食料とする。田には魚やカニ、カエルがいるし、イナゴやオケラもいる。みな貴重な食料だ。ほんとうにうまく資源循環がなされている。きっと日本も昔はそうだったんだろう。人と動物と植物がバランスよくつながっているのだ。 女性たちが土器作りをするモー村を2日間歩いた。年1度のお祭りで土器作りはあまり見学できなかったが、言葉の通じない村の人たちが温かく迎えてくれ、一緒にソムタム(とっても辛い青パパイヤサラダ)づくりをしたり、米蒸し調理を教えてもらった。どこの家でもガイヤーサー(もち米を煎って、煮込んだココナッツと黒砂糖シロップを絡めたお菓子)作りをしており、姉妹が集まってにぎやかだった。家の周りにある植物がことごとく食糧なのには驚いた。新鮮なフルーツをもいでくれ、渇いたのどを潤してくれた。 ここで土器作りの伝統技術が変容する現場を目撃した。今年4月から導入されたという「土練機」を村の人々が受け入れていた。これまでの土練りは足で粘土とチュア(粘土を焼いて粉砕したシャモット)を踏んで混ぜていた。なかなか重労働である。なぜ土練機は受け入れられたのだろうか。村を歩いた時に、かつてJICAの日本人がもちこんだ型作りの機械やガス窯が今では全く使われず放置されているのを見た。人間は便利だと思っても必ずしも受け入れるとは限らない。自分たちの価値観の押し付けではなく、彼女たちの技術体系にあった援助でないと役に立たないことを学んだ。また技術の変容は外部からの刺激だけでなく内側からも起きていた。タイヤのフレームで作った土器作り用の回転台や、ドラム缶を切って粘土を貼り付けて作った調理用カマドなど、彼女たちの工夫によって技術が変わっていくこともあるのだ。考古学では遠い過去のモノが変化する現象を解釈しなければならない。今回のことで、なぜ考古学者が民族調査をするのかわかったような気がした。いずれにせよ、伝統的な土器つくりを行っている人がいるからこそ、わたしたちはそれを観察することができる。30人あまりいるという土器作りの女性はほとんどが50代、60代だ。もう20年もしないうちに土器作り技術は途絶えてしまう。これも社会の変容なのでしかたないのかもしれない。 世界遺産アユタヤにはじまり、イサーンではアンコール(クメール)王朝のパノム・ルンやピマーイなどたくさんの遺跡を見学した。それぞれ使用する材料やデザインに特徴があった。現在は同じタイという国であるが、イサーンはカンボジアのクメール王朝の遺産が地域のシンボルになっていた。いまのバンコク王朝とは歩んできた歴史が異なるのだ。ラオ系民族が主体で言語や文化もかなり違う。イサーンの人たちは経済的には貧しいと言われるが、自らの伝統文化を誇りに思い大切にしているように感じた。 アユタヤはレンガ建築、クメール遺跡は石の建築、どれも壮大で優美だった。アユタヤでは原色で彩られた寺院や黄金の仏像たち、広い敷地内にいくつもある崩れかけた(ビルマ軍の侵攻)レンガ積みの仏塔、みな迫力があった。おそらく遺跡全体から、立てるために費やされた当時の人々の信仰心や並々ならぬエネルギー、その遺跡が経てきた時間や歴史の重みが漂っていたからではないかと思う。ただ、ワット・プラ・マハタートであの有名な菩提樹に埋もれた仏像を熱心に写真に収める観光客を見てがっかりした。自分も観光客の一人であり、確かにその光景は神秘的であるとは感じたが、遺跡が背負う歴史とそこから醸し出される雰囲気を味わうべきでは思えた。 マハサラカム大学でのタイ学生たちとの交流は新鮮なものだった。50人ぐらいの3年生のクラスに入り、3時間の授業に参加した。最初に私たちが芸工大での生活を四季の景色を織り交ぜながらパワーポイントで発表した。日本語を勉強しているというだけに、日本の文化をよく知っていて、授業が終わってから音楽やタレントなど共通の話題などで盛り上がることができた。国は違っても同世代の人間同士、すごく身近に感じることができた。 初めての海外旅行であり、タイに着くまでは不安でいっぱいだった。でも思い切って飛び出したことで、わくわくドキドキ、出会いや発見に満ちた体験だった。文字通り世界が広がった。イサーンの伝統的な生活に触れ、自分たちの文化を相対視できたような気がする。初めて訪れた場所で、初めて見る光景、初めての体験ばかりだったが、どれもどこか懐かしい感じがした。私たちが忘れてしまった、置き去りにしてきた大切な宝物がそこには確かにあった。そして、この旅で得たものが私のこれからの人生の起点になっていくような予感がしている。 |
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