2017年入学式 学長式辞

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4月7日(金)本学体育館で行われた、2017年度東北芸術工科大学入学式における根岸吉太郎学長の式辞をご紹介いたします。

 

2017年 東北芸術工科大学 入学式 学長式辞

東北芸術工科大学に入学された634名の諸君、入学おめでとうございます。

ご臨席の保護者、ご家族の皆さま、大学を代表して心よりお祝いを申し上げたいと思います。

私たち教職員、また在校生一同、皆さんが入学されるこの日を心待ちにしていました。こうして皆さんの希望に満ちた輝く眼と向き合い、その期待に答えるべく教職員も思いを新たにし、学園の生き生きとした日々を君たちとともに作り上げたいと思います。

 けれど夢や希望ばかりではないでしょう。初めてのひとり暮らしへの不安、新しい友達と人間関係が築けるか、授業や学習についていけるか、さまざまな不安があるかもしれません。でもそれは、君ひとりの不安ではなく、誰もがもっているのです。友達や教師と積極的に対話することで、夢を語り合い不安を解消していきましょう。すでに、みなさんが受講している創造基礎ゼミナールの授業など学科を超えた学生と教員と出会うことはとても良い機会です。夢も不安も分かち合って、ゆっくりと、自分が解決しなければならない課題を整理し、学園生活をスタートしてください。

 同時に卒業した後の自分をイメージすることはとても大切なことです。4年後どんな職業に就いているか、どんな作家になっているか、どんな研究をしているか、どんな芸術家になっているかイメージし、そうした自分になるためには何が必要なのか、考え学ぶことが大事です。

入学したばかりで、とてもそんな先のことは考えられないと思うかもしれませんが、どう大学生活を過ごすかと考えたときに、無目的にぼんやりと日々を送っているとあっという間に、時は過ぎ去ります。自分の学園生活の4年間、2年間をデザインしてください。

しかし、自分のことだけを考えていればいいというわけではもちろんありません。我々に突きつけられた課題はたくさんあります。

我々は6年前、東日本大震災という未曾有の出来事に遭遇しました。学部入学生は小学校の卒業式の頃だったのではないでしょうか。今日この場に集った人々の中にも、家族や友達を失った人がいるかもしれません。未だにプレハブの仮設住宅に暮らしている人が3万5000人にもいます。また、土地が避難解除されても、放射能汚染の恐怖やインフラの不整備から帰還することのできない人々が8割を超えています。

東北という名を冠した大学として我々が、この東北の地でできることはなんでしょう。芸術やデザインは、震災や東京電力福島第一原発の事故にどう向き合えばよいのでしょう。つねに我々は自らに問い返しながら進むしかありません。

デザインやアートこそ東北の問題を解決していく鍵を握っています。なぜならば美を愛し真実を求め、人間らしく生きることこそ芸術やデザインの命題だからです。

私たちは「人間らしく生きる」ということを簡単に忘れてしまいがちです。ブナの森で採集狩猟生活をしながら、得たものを分け合い、めぐみに感謝し、山や海や川や、木々や石や洞窟や、鳥や獣に神の姿を見、畏れ敬っていた祖先の太古の記憶を忘れがちです。ですがそれこそ一万年にも渡る長きに東日本を中心に存在した縄文文化の精神であり、脈々と私たちの心の底に伝わっています。それをもう一度、掘り起こし思い出しながら、人間らしさを取り戻す戦いが東北芸術工科大学が唱える「東北ルネッサンス」です。

また私たちは自分たちが犯した歴史上の過ちもなぜか簡単に忘れ去ってしまいます。教育勅語や銃剣術といった戦争時の道具さえ、国家が公認で表舞台に出そうとするおそろしい時代がきているのも無反省からです。

戦争の時代に逆戻りすることは許されません。油断すると芸術は独裁者や戦争のために簡単に利用されてしまいます。太平洋戦争時には芸術家や小説家、詩人、音楽家といった人々が、国家の方針に共鳴し、結果的に戦争に協力し、多くの犠牲者をだす引き金になりました。日本のためアジアのためと強く願った芸術家ほど深く傷つきました。

彫刻家であり智恵子抄などで知られる詩人、高村光太郎は真珠湾攻撃を称賛し、多くの戦意高揚の詩を戦争中に書きました。空襲が激しくなり宮沢賢治の弟清六を頼り、賢治の実家に疎開。そこも空襲で焼け、戦後は「自らの戦争責任」から、冬には雪が布団の上にまで吹き込むようなたった三畳の粗末な小屋で7年に渡る隠遁生活を自分自身に科しました。「僕の前に道はない。僕の後ろに道はできる」と詠った求道者のような彼にしてこのようなことが起きたのです。

彼がやっと山を降りるのは十和田湖畔に建立する乙女の像の制作のためで、これが彼の遺作となりました。

そのように、芸術はとかく時代に反抗的であるように思われがちですが、利用されやすい側面ももっているのです。そこで誤らないためには、狭い視野ではなく社会や世界を読み解くリテラシーを得なければなりません。シリアや南スーダンでどれほどひどい虐殺が行われているでしょうか、大国のエゴと独裁者の思惑から生じた難民の悲惨な行程から、私たちはどれだけ遠く離れているのでしょうか。民族や宗教の対立が煽られ、憎しみの渦が逆巻いています。あるものはテロと呼び、あるものは聖戦と呼ぶ暴力と殺戮が世界の様々な場所で繰り返されています。

今年、山形では隔年開催される国際ドキュメンタリー映画祭があり、世界中からドキュメンタリー映画とドキュメンタリストがやってきます。君たちが世界の真実に触れるまたとない機会です。是非参加してください。そこで得た知見は君たちの創作や研究がどのように世界と結びついているか、また無関係に存在しているのか、気づかせてくれるでしょう。

でも無関係ということはあるのでしょうか。この世界のどんな事柄も人と人のつながりの外側にあるものはありません。

今、高等教育機関である大学はその存する地域との関わりを強く求められています。山形県民と山形市民の強い要請と資金により設立された本学は、スタート時からどの大学よりも強く地域を意識し共生の形を探し、高く評価されてきました。

君たちが学びながら自己の外側に繋がろうとしたとき、地域と密接な関係は替えがたいものです。そして芸術が人と人をつなぐものである以上、地域とコミュニケートしながらともに新しい街の形や生活の形を探すことは、いずれ地域を越え、世界の課題解決への第一歩となるのではないでしょうか。

デザインやアートの力を社会や地域が求めています。本学が主催する山形ビエンナーレも地域とのつながりで注目を集めていますし、デザイン思考を理解し実践する若者を社会は求めています。大学が地域や社会から学び、同時に地域や社会に豊かさを還元していく時代となったのです。

本館のエントランスで「愛がたりない だからこの大学がある」と揮毫された額が君たちの目に入ったことでしょう。いかようにも解釈できる文言ですが、少なくとも、この世界のどこかで、いや、いたるところで愛が欠落している。だからそれを埋めることが東北芸術工科大学の使命だと宣言しているのではないでしょうか。

「愛」という言葉を考えるとき、自分が愛されることだけ考えないでください。この世界のどこに愛がたりていないのか、そこで自分たちができることは何なのか、自分たちが贈れる「愛」はなんなのか、君たちとともに考え、この学園でともに「愛」の形を探していきましょう。

 

東北芸術工科大学
学長 根岸吉太郎

 

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