2016年入学式 学長式辞

4月3日(日)本学体育館で行われた、2016年度東北芸術工科大学入学式における根岸吉太郎学長の式辞をご紹介いたします。

 

2016年 東北芸術工科大学 入学式 学長式辞

東北芸術工科大学芸術学部またデザイン工学部に入学された626名の新入生の諸君。大学院修士課程に進学、入学された32名の諸君。入学おめでとうございます。
ご臨席の保護者、ご家族の皆さま、大学を代表して心より入学のお祝いを申し上げたいと思います。

入学した今日から皆さんは芸術家です。デザイナーです。研究者です。いや、芸術家の卵です。デザイナーの卵です。研究者の卵です。大学は座っていれば知識を詰め込んでくれる場所ではありません。自らの努力で問題を見つけ、研究し、作品をクリエイトし、自分自身を再創造していくところです。そして4年後、または2年後に何者かになっていなければいけません。あっという間の大学時代です。そのために自分の大学生活に目標を立て、生活をデザインして欲しいと思います。

しかし自分だけがなんとかなればいいというものでもありません。
東北芸術工科大学は「東北ルネッサンス」という標語を掲げています。これは設立宣言にあるように、縄文時代から脈々とこの東北地方に伝わる、自然を畏れ敬い、隣人と思いやりを持って共生してきた古代の精神文化の復活を目指すものであります。

つい先日、3月30日に「縄文人の社会は争いが少なく平穏だった」という研究結果が英国の科学雑誌に発表されました。岡山大大学院社会文化科学研究科の松本直子教授(認知考古学)、山口大国際総合科学部の中尾央ひさし助教(科学哲学)らの研究グループが、全国の縄文遺跡で出土した人骨を調べ、暴力による死亡率を分析。欧米などのデータと比べ5分の1以下の「1%台」と算出したところです。

欧米の遺跡から、争いで命を落とした痕跡が多いために、人類は争いや戦争から逃れることはできないように言われていましたが、この研究成果によって、環境次第では人類が決して争いや戦争を好むものではない、戦争が人間の本能に根ざしたと簡単に言うことはできないということが証明されたのです。

ところが実施には縄文時代とは異なり、世界は容易に平和に進むことなく、アメリカもEUもトルコもテロと殺戮の憎しみの連鎖の場となっています。シリアではいつ果てることもない戦いが繰り広げられ、難民は命がけで海を渡り、宗教的民族的対立の感情が煽られ、憎しみが渦巻き、あるものはテロと呼び、あるものは聖戦と呼ぶ暴力と殺戮が繰り返されています。

その憎しみの端っこに私たちも繋がっています。何人かの日本人も命を落とすこととなりました。どうしたら千年も二千年も続く憎しみを断ち切ることができるのでしょう。断ち切れないとしても薄めたり、憎しみが拡散することを防ぐ手立てはないのでしょうか。
設立宣言文で芸術的創造と人類の良心よって科学技術を運用する新しい世界観と語る本学こそ、原発事故が起こした諸問題や民族の対立に踏み込んで、次の世界を作るための科学と芸術の実験と行動をしていかなければならないでしょう。

 人工知能は囲碁の世界では一流の棋士を破り世界を驚かせました。一方マイクロソフト社の実験ではツイッター上でヒットラー擁護をはじめとして差別的用語を繰り返してしまいました。戦いを鎮めるどころか、煽る側に回されたようです。

 科学、人工知能、心、良心の問題は手塚治虫のアトムと天馬博士、キューブリック2001年のHALから今も変わらず存在しています。人工知能が美を意識し、芸術を理解する日は来るのでしょうか。それも人間の良心にかかっています。

 私が大学で映画を教えている隣の部屋には、コンピューター・グラフィックに取り組んでいる学生たちがいます。あるときコンピューターは学生の考えやアイデアを越える創造性を発揮し、作品を違う次元に運ぶことがあります。また同時に人らしさや自然の世界をCGに取り込み融合させようと稼動している時もあり、誰も見たことのない美しい世界を現出させることもあります。科学と芸術が手をつなぐこれから形の一つがそこにあるようにも思えます。

もうすぐ、この大学も咲き誇る大山桜に囲まれるでしょう。北の国らしく一斉に花が咲き乱れるさまにはいつも圧倒されます。

 野に咲く一輪の花に人工知能はいつの日か命の息吹と美を理解するのでしょうか。私はその日が来ると思います。また同時に人工知能は自分がそうした時、自分が生命体でないという認識から悲しさという感情も経験することになるのではないでしょうか。悲しみは思索の原点です。そこから戦争や紛争をなくすための思索が始まらないでしょうか。

 春に人は花を摘みます。ピート・シガーの作った「花はどこへ行った」という曲がありますが、その歌詞の中で繰り返し「人はどれだけ学べばわかるのだろう」と戦をやめない私たちに歌は問いかけます。

1984年サラエボの冬季オリンピックの女子フィギアスケートで優勝したカタリナ・ビットという人がいます。サラエボはオリンピックから6年後ボスニア・ヘルツェゴビナの紛争により破壊と虐殺の地となりました。競技生活から引退していたカタリナですが10年後のオリンピックで競技のリンクに戻り、思い出の地サラエボのために「花はどこへ行った」にのせてフリーの演技を滑ったのです。破壊が止むことを、平和が訪れることを祈る演技でした。会場の観客から大きな拍手が起こり、映像を通じて世界中に感動が広がりました。

彼女の演技や歌で直接紛争が止まることはもちろんありません。またこの話自体がセンチメンタルかもしれません。実際に直後には激しい戦闘と冷酷な虐殺が起こりました。その結果、皆さんの生まれる少し前に、NATOが激しい空爆を行い1995年に紛争は終結しました。

現在、シリアで行われている戦いはサラエボよりも大規模に多くの市民を犠牲にしています。パレスチナや南スーダンをはじめとした様々な地域でもむやみに民族や宗教の対立が煽られ、憎しみの渦が逆巻いています。

世界がこのように多くの悲惨な課題を抱えている今、
芸術にできることはなんなのでしょう。

大学に入学した途端にいきなりそんなこと言われてもと思うかもしれません、でも芸術が人と人をつなげ、美しく豊かに生きるためのものであるなら、わたしたち芸術とともにあるものはそこから目を背けるわけにはいきません。

 

大学の階段の横にある「芸術立国の碑」の
生きとし生きる命を愛し尊べ
という言葉を私はかみしめています。
20年かけてサラエボの街は復興してきました。
美しい街並みを復興させた時間は君たちが生まれ成長してきた時間と足並みをそろえています。

東日本大震災と原発事故から東北を立ち直らせることも、東北という名を冠した大学にいる私たちの使命です。
直接に関わることはなくとも、生きとし生きる命を見つめた芸術によって人の心は動きます。そうした芸術の魂の積み重ねによって東北も世界も変わるし、変えていくべきでしょう。

18歳から選挙権を持つ最初の世代である君たちは、入学と同時に社会、また世界と強く結びついているのです。深く地域と結びついている東北芸術工科大学で学びながら、芸術を信じ、愛し尊ぶもの生きとし生きるものを見つめ、その声に耳を澄まし、明日に向かってください。

君たちの健康で活発な大学生活を祈り、学位取得に向かう努力と情熱に期待しています。

本日は、おめでとうございます。

東北芸術工科大学 学長 根岸吉太郎

 

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