2014年度卒業・修了式 根岸吉太郎学長の式辞を掲載しました

3月21日(土)本学体育館で行われた、2014年度東北芸術工科大学卒業・修了式における根岸吉太郎学長の式辞をご紹介いたします。

 

2014年 東北芸術工科大学卒業・修了式 学長式辞 

東北芸術工科大学芸術学部ならびにデザイン工学部の卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。

また大学院修士課程を修了された皆さん、修了おめでとうございます。

東北芸術工科大学教職員、理事、評議員、在学生共々心からお祝いを申し上げます。

さて、みなさんにおめでとうという言葉を繰り返しながら、私は4年前の4月24日の入学式を思い出します。497名の学部卒業生の大半がこの日入学式を迎えたと思いますが、その入学式からさかのぼること40日前となる3月11日に東日本大震災が起きました。

私たちは多くの犠牲者への追悼の気持ちの中にいました。そして、瓦礫の下や海の底に眠る行方の知れぬ人々がまだ大勢いました。避難所に暮らす人々の生活の不安、東京電力福島第一原発の事故の恐怖といった状況を踏まえると、とても「おめでとう」とは言えませんでした。

その代わりに、こう言いました。

奇跡のような生命の連鎖のなかで君たちは生まれ、ここ東北芸術工科大学の入学式に集っている。

それは奇跡だ。「このような状況のなかで芸術は何を為せるか」を考えてほしい。

その答えを探し続けたときはじめて、「おめでとう」と言いたいと語りました。

「芸術は何のためにあるのか」「芸術は何を為せるのか」の答えはもちろん簡単に見つかるものではありません。逆に芸術家は、また芸術を志すものは、その答えを探すことこそが創作の主体となっているともいえるのではないでしょうか。

君たちはこの4年間、また修士課程での2年間、様々な形で、「芸術は何を為せるか」の答えを探し続けてきたでしょう。

震災からの復興活動においても、山形大学と共に福興会議が運営したボランティアバスであるスマイルエンジン山形、美術史・文化財保存修復学科を中心とした被災文化財の修復作業、姉妹校である京都造形芸術大学との女川の仮設住宅への支援、南相馬の家族を山形に招待したキッズアートキャンプ、建築・環境デザイン学科の気仙沼市大沢の高台移転プログラムへの参加など直接的なものから、企画構想学科の月山青春音楽祭やチュートリアル「東北画は可能か」などの活動でも、東北の復興への強い意志が込められていたように感じました。
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そして何よりも君たち一人一人の研究また作品制作にこそ、「芸術とは何か」「芸術は何を為せるか」の答えを求めていたのではないでしょうか。

東北芸術工科大学全館を覆い尽くした君たちの卒業制作展のクオリティの高さには、改めて驚かされました。

美術棟の入り口を占拠した多田さやかさんのシャンバラの大パノラマから始まり、次々と来場者を包み込む作品達は4年間アートとデザインと格闘した忍耐と努力のたまものであり、強い意志の成果であり、それらは芸工大の、また山形の誇りであります。
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今年はじめて卒業生を送り出す文芸学科の10センチの厚さにもなるような作品集にも驚かされました。小説、評論、また文章を書くという非常に個人的な営為でありながら、その厚さに学科の一員として共に卒業していくことが視覚化され、まさに情熱と努力がでんと横たわっていました。その場で、読むことはできませんでしたが、少しずつ成果に触れたいと思います。
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物量といえば、グラフィックデザイン学科の後藤絢香さんの庄内の刺し子を数値化、視覚化した作品も素晴らしいものでした。東北のそれこそ粘り強い、丁寧な女性の労働に光を与えながら、美しいグラフィックにするという離れ業がそこにはありました。
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まさに東北と名乗る大学にふさわしい作品だと思います。

はじめに語ったように4年前言えなかった「おめでとう」をいう時が来たのです。繰り返し「おめでとう」といいたいと思います。

この大学のエントランスには設立の宣言とともに「愛がたりないだからこの大学がある」と額が飾られていますが、この言葉を発した徳山詳直前理事長は残念ながら、半年前の10月20日にお亡くなりになりました。いつも「この大学は学生のために存在している。教員のためでも、職員のためでもなく、未来を作る学生のためにある。学生がこの大学の主人公だ」と繰り返しおっしゃっていたことを君たちも思い出すでしょう。

前理事長にいわせれば「日本がこのような危機を迎えているときに、おめでとうなんて言っている場合ではない」と言われるかもしれませんが、君たちの為しえたことは十分におめでとうと賞賛される価値があります。

設立の宣言にある東北に根付く縄文の文化こそが本学のキーワードであり、日本人の源流である縄文の文化、言い換えれば、自然との共生を目指し、経済原理が優先する社会から東洋的精神世界をとりもどす闘いの「東北ルネサンス」を本学はスローガンとして掲げています。

君たちがこの大学生活でなしえたことはまさに「東北ルネサンス」と呼ぶにふさわしい活動であり、地域との関わりを築き上げてきました。

しかしその活動は始まったばかりであり、目の前には大きな壁が立ちふさがっています。繰り返し「芸術は何を為せるか」を問い返さなければならないでしょう。

東日本大震災の仮設住宅には未だに8万人の人が暮らし、ふるさとに戻ることが叶わないひとが23万人もいます。東京電力は放射能の汚染水を毎日垂れ流しながら、廃棄物の行方も確保できず、それでも原発の再稼働に血眼になる人々がいます。

このような話は自分たちの生活とは直接関係がないと言い切れるでしょうか。報道の自由は秘密保護法をはじめとする様々な圧力の前に風前の灯火となり、安全保障政策の変更で君たちが戦争に参加できる体制が作られようとしています。

このような時代に社会に出て行かねばならない君たちだからこそ、美と真実を信じ、闘い抜いていかなければならないでしょう。

縄文人はものを作る時に、ただ使いやすいシンプルな形状を目指すのではなく、何千年もかけて炎が渦巻くような形状の火焔土器を作ってしまいました。現代アートもかなわない数多くの土偶もそうでしょう。そこにはどうしてもそれを作りあげたいという深い衝動が何代にもわたって渦巻いていたとしか思えません。

我々のなかに深い衝動はあるのでしょうか。またあるとしたらそれは何なのでしょう。

何百代か前の祖先である縄文の芸術家に思いをはせ、新たに我々の芸術を生み出そうではありませんか。

君たちが明日から新しく生きる社会の中で、東北で学んだ芸術家魂を活かして生き抜いていくことをこころより願っています。

卒業「おめでとう」

東北芸術工科大学 学長 根岸吉太郎

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