公開講座〈シリーズ:日本史最前線 ―教科書の一歩先― 〉明治時代の感染症パニック-見えない敵とどう闘ってきたのか?-

日時:平成27年1月14日(水)18:00-19:30(17:30開場)
場所:東北芸術工科大学本館2階207講義室
講師:竹原万雄(東北芸術工科大学東北文化研究センター研究員、歴史遺産学科専任講師)
コメンテーター:田口洋美(東北芸術工科大学東北文化研究センター所長、歴史遺産学科教授)
入場:無料
主催:東北芸術工科大学東北文化研究センター
お問合せ・お申込み:東北芸術工科大学研究センター事務局
TEL:023-627-2168 FAX:023-627-2155
HP:東北芸術工科大学東北文化研究センター
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近年、さまざまな感染症流行の危険性が高まっています。新型インフルエンザは常に警戒され、エボラ出血熱はいつ日本へ侵入してもおかしくありません。また、中世ヨーロッパで流行したペスト(黒死病)は全ヨーロッパの30%の人命を奪い、それがきっかけで西洋医学は出発したと云われています。今回の講座では、こうした感染症と人々をめぐる問題を、過去の資料に基づきながら日本の医療の根本に迫りたいと思います。

感染症は、集落を維持して行くうえで〝招かれざる客〟でした。それは、感染症が生命をも奪う恐ろしい病気であるという理由ばかりではありません。感染症は人から人へ感染します。そのため、感染症の拡大を防ぐには、人と人・集落と集落のつながりを断ち切ることも有効な予防手段となり得ました。個人や家族の生命を守るのか、人と人とのつながりを守るのか。こうした厳しい選択が迫られる現実に直面したとき、私たちの祖先はどのような行動をとって来たのでしょうか。
 
明治時代を代表する感染症にコレラがあります。コレラは、感染力が強く、致命率は60%以上にもおよび、年間に10万人以上の死者をだしたこともありました。こうした恐るべき病に対し、西洋医学を取り入れた明治政府は、警察を動員しながら隔離や消毒といった予防で対抗します。一方、恐怖に駆られる民衆は、警察に反発しながら他の集落に通じる道をふさぎ、橋をこわし、病院を燃やしました。医療の整っていなかった時代、人々は見えない敵とどう闘ったのか?その足跡を追います。(東北芸術工科大学東北文化研究センター研究員・歴史遺産学科専任講師 竹原万雄) 

 

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