2014年度入学式 根岸学長の式辞を掲載

4月6日(日)本学体育館で行われた、2014年度入学式(学部・大学院)における根岸吉太郎学長の式辞をご紹介いたします。

 

2014年 東北芸術工科大学入学式 学長式辞

 

東北芸術工科大学に今日、晴れて入学された学生諸君、入学おめでとう。

本学役員、教職員、在校生すべての関係者があなた方の入学を祝っています。今日までの年月、君たちを見守ってくれた保護者の方々、友人、小中高で出会った先生、多くの人が心から諸君の入学を祝っています。おめでとう。

 

さあ君たちの前に今、一枚の真っ新な白い紙が広がっているとしましょう。ここにどのような線を描くのか思考することから大学生活が始まるでしょう。

鉛筆を持ち一本の線を引く。一本の線はどのような強さで、どのような太さで、どのような濃さで、引かれていくのでしょう。自分で思考し判断し、線を引かなければなりません。固い鉛筆で力を入れて弱い紙に穴が開くことも、陽炎のように柔らかなタッチで見えるとも見えないともわからない線を引くこともあるでしょう。どの学科でもどのコースにいても、研究や創作のある地点に到達したいと願うならば、一本の線を引くドローイングから始まるでしょう。

一本の線が芸術を決めます。そこにどれだけの思考と研鑽と潔さが詰まっているか線は物語ります。たった一本の線が人に語りかける恐ろしさ、すばらしさを君たちは学ぶべきです。また、それを学ぶためにこの大学にやってきたとも言えるでしょう。

藤田嗣治、レオナール・フジタがモンパルナスでキキをモデルに描いた1922年「寝室の裸婦」で引いた面相筆の見事な線、乳白色の透き通る肌を浮かび上がらせる細い線の美しさはたとえようがありません。それはフジタが東京藝大の前身である東京美術学校入学から数えれば17年の年月をかけた鍛錬と人生の体験から引くことができた線であります。

線は生き物です。これから君たちが紙に引く線は、同時に時空を超えて、君たちとそれを見る人を別の見えない線で結びつけます。自分はいったい何ものか、この世界にいる意味は何だろうと自分に問いかけながら引いた一本の線は、それを見た人にあなたの中の「何か」を伝えます。

人に「何か」が伝わるということを信じられなければ、芸術をつくることはできません。一本の線を引くことが芸術であるという覚悟が芸術家の魂です。自分の存在は何か、自分に繋がる生命の連なり、宇宙の神秘に思いを巡らし、大胆に線を引かれることを希望します。たぶんそれは楽なことではなく、研究、作品が人の眼に触れることは恐ろしいことでもあり、返ってくる言葉や視線によって深く傷つくこともあるでしょう。かまわず傷ついてください。その傷があなたを成長させる筈です。どうしようもなく辛ければ、相談にいらっしゃい。先生はみな、あなた方の話を真剣に聞きます。もちろん私もです。この大学も教員も、ここで学ぶ君たちのために存在しているのです。

 

さて、東北芸術工科大学は「東北ルネサンス」という標語を掲げています。これは設立宣言にあるように、縄文時代から脈々とこの東北地方に伝わる自然を畏れ敬い、共同体として共生してきた精神文化の復活であります。

東日本大震災から三年の月日が経ちましたが復興は進まず、未だに仮設住宅での暮らしが続き、明日の展望も見えず、苦渋している人が数多くいます。また原発事故によりふるさとを奪われ、生まれ育った土地を見ることさえできない人も数多くいます。この国が、地域が、私たちが、なせることはなんでしょうか。

設立宣言文で 科学技術を盲信し、物質的な発展と人間性の喪失を繰り返してきた現代文明への深い反省に立ってと語る本学こそ、これらの問題に踏み込んで実験と行動をしていかなければならないでしょう。その意味で本年度、本学に地域の問題解決に取り組む人材を育成するコミュニティデザイン学科が設立されたことは大きな意義があります。今日ここに、はじめての学部生を迎えることは大きな喜びであり、大学としても地域文化の問題に取り組む姿勢をいっそう鮮明にしたと誇らしく思います。

デザインというと、どうしても見場のよい商業目的のものを指すように思われがちですが、形ある「もの」だけではなく、人の生き方・ライフスタイルや地域、組織などのあり方をデザインするということも、これからのデザインの大きなテーマになっていくでしょう。人の幸せをデザインしようとする企画構想学科のあり方もそうですし、この両学科に限らず現在の東北芸術工科大学に求められていることは新しいデザインの在り方であり、まさに地域と共生しながら、地域の精神と叡智を学び、次の世代を生み出すことです。

デザイン界の巨匠、エットーレ・ソットサスはこう言いました。「デザインとは、まず人間の行動・思考に関する人類学的考察が必要であり、そのビジュアル表現がデザインである」

そうです。デザインはソットサスが言うように、人類学的考察が本質的に必要なのです。企画構想学科のように人を幸せにするデザインと言ったときには「幸せとは何か」を考えなければいけません。「幸せ」という言葉を利用して利潤を追求するだけでは幸せは決して生まれないでしょう。その地域、民俗、個人の幸せの概念と形を、歴史的にも民俗的にも考察しなければならないのです。まさしく、歴史遺産学科を有し、東北の民俗と文化に関する研究を行う東北文化研究センターを有する本学こそ、デザインの本質にむかうことができるのではないでしょうか。たとえば新しい祭りをデザインするとしたら、その地域の歴史、宗教、共同体の姿を考察しなければならないでしょう。

秋田県立美術館に、さきほど面相筆による線の話をした藤田嗣治の壮大な壁画「秋田の行事」があります。東京で生まれ、長いフランス生活を過ごし、南米を回り、海外の生活を終え日本に戻った藤田嗣治は、秋田において四季や祭りや人の暮らしを、日本人の精神の源流が東北にあることを感じているかのように喜びに満ちて描いています。

芸術家である彼の眼が捉えた、精神と祈りと生きるたくましさが共生している東北の姿です。乳白色の裸婦図とは異なり色彩に満ちています。東北で芸術に取り組もうとする諸君への創作のヒントがここに潜んでいるように思えます。じっと、彼が見て聞いて触って感じた東北。それこそが人類学的な考察なのではないでしょうか。

新入生の諸君、今日から芸術家としてデザイナーとしてものを見てください。美と真実を見る眼を鍛えてください。そして思考して新しい線を新しい紙の上に引きましょう。新しい自分自身の線を。

 

東北芸術工科大学 学長 根岸吉太郎

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