これからの消費者ニーズと生活スタイルに合致し得る畳といぐさの可能性 ―国産畳における消費流通の課題と普及についての研究― 榧本高幸

第1章 はじめに
 長い間、日本人に親しまれてきた畳。茶道や正座といった日本の文化は畳と共に育まれてきた。その畳が今、消滅の危機に瀕している事態を、畳屋道場代表の鏡芳昭氏との出会いによって知った私は、一人の日本人としてその文化を後世へ繋ぐために、畳産業界で何が起こってきたのか、消費者が知るべきことは何なのか、変化を齎すためには何が必要なのかという疑問点を段階的に設定し、その調査、分析から現状を把握して、現代の消費者のニーズに畳(文化)が合致する点を導き出し具体策を提案することにした。
第2章
 畳をよく知らなかった私は歴史から触れることにした。畳の語源は「たたむ」という言葉だ。素材は問わず、たたみ重ねられる敷物の全てを指して「たたみ」といった。原型は紀元前4000年の竪穴式住居から発見され、ゴザのように編んだいぐさを材としたものが確認されたのが奈良時代だ。その後は貴族社会の誕生、建築様式の発展により、茶の湯といった日本文化が花開き、所作が生まれ、徐々に今日の畳のように床に敷き詰めるものになった。だが庶民に広く用いられるようになったのは大正期である。(図1)
第3章
 畳表は田んぼで育つ農作物だ。米と同様に品種があり、品種や織る際の糸の数・種類でブランドも細かく分けられている。その畳表がどのような工程で作られているのかも分からずに研究は出来まいと、農業体験をしに国内最大のいぐさ生産地である熊本県を訪れた。冬に田植えをし、夏に刈取りを行なういぐさ栽培は全ての作業が重労働で、実際に体験したことで畳への想いは一層強くなった。(図2、3、4)
第4章
 手間と時間をかけて作る国産畳。品質を考えれば多くの人に使われるはずであるがその実態は芳しくない。それは畳業界が生活様式の変化や外国産畳との価格競争が起こる中、消費者への啓蒙活動を怠ってきたことが要因だ。現在もいぐさ農家、畳店共に減少傾向にあり、歯止めはかかっていない。そのような状況の中、畳業界はどう対処しているのか。いぐさ農家、畳店の視点から考えてゆく。(図5)
第5章
 畳業界が厳しい状況に苛まれる中、消費側はどのような状況なのか。周知のとおり日本人の生活は従来の「ユカ坐」から「イス坐」へと変容しているが、イス坐が浸透した生活に畳が入る余地はないのか。その疑問を消費者の畳に対する意識調査の結果から読み解く。またイス坐文化が主である海外の生活には畳が浸透する可能性、東日本大震災を受けて変化した消費者の意識には畳はどう映っているのかを懸賞する。
第6章
 畳が日本で用いられているのは長い間使ってきた愛着からだけではなく、日本の気候風土に適した素材だからだ。畳の効能は「空気の浄化」「保温・断熱効果」「吸放湿性」「弾力性」「吸音性」「芳香性」「消臭・抗菌性」と幅広い。こうした多様な効能は畳表の作られ方はもちろん、いぐさの構造に由来している。いぐさ内部の「灯心」と呼ばれる部分はスポンジ状でその構造が畳の機能性を生んでいる。畳の持つ効能はエネルギーや資源の有限が懸念される現代において無限の可能性を秘めている。(図6、7)
第7章
 畳の惨状の原因は複雑な流通構造にもある。畳表だけに限らず、従来の流通は生産側から消費側に届くまでに多くの仲介者が入る。その仕組みは製品を運搬する上で運路を網羅できる利便性を持っているが畳業界では複雑化する経路の途中で「産地偽装品」が大量に入り込むという事態を招いてしまった。畳屋道場はそうした事態を打開するためにいぐさ農家との連携を強めて、農家と畳店を直接結ぶシンプルな流通経路を作った。経路を簡易にすることで「産地偽装品」の混入を防ぎ、同時に仲介を減らすことで農家の取り分増加にも繋がった。流通構造の簡易化で認証性が高められた国産の畳表をいかに消費者に認知させるかを考えた時、同じ半農半工業製品であるフランスの「ワイン」の流通構造・認証制度と比較し、独自の新しい制度として構築できるか否かの可能性を検証した。
第8章 文化として考える畳
 貴族社会が隆盛を極めた頃、畳は「贅沢品」だった。大正期、庶民にも広まるとその地位は「日用品」に変化した。戦後、西洋文化が流入すると生活様式や住空間は多様化し、畳のある和室は減少、国産の畳も後を追って数を減らしていった。だが畳や和室は完全に姿を消した訳ではない。従来と変わらずに畳を愛する人にとっては国産の畳はプレミアムな存在だ。畳の地位は日用品から「嗜好品」へと変化したのである。その嗜好品という地位を生かすためには“国産の質の良い畳表”だけを長所とするのではなく、畳屋自身が卓越した技術で今も畳を愛する人へ新しい「嗜好品」を発信するべきである。すでに畳から離れてしまった人には伝わっていない効能や魅力、「ユカ坐」文化を生かす機能性を訴求する必要性があるし、畳をライフスタイル提案のひとつとして想像できる仕掛けをしていかなければいけない。(図8)
9章 結論
 畳に携わる人々が意識を変えて行動しなければ国産畳の供給需要は減少する。だが、畳が長い歴史の中で素材や姿かたちを変化させてきたことを踏まえれば、様々な技術や素材が生み出される今の世でいぐさ以外の素材を用いた畳が生産消費されるのは自然な流れなのかもしれない。それは畳産業に携わる人も消費者も受け入れるべき時代の流れだと思う。そうであっても日本人が日々の営みの中で無意識に行なっている所作は畳をはじめとする「ユカ坐」文化の中で培われてきたものであることは否定できないし、畳のある空間で発生する自然と調和する利他的な振る舞いは諸外国に自慢できる文化であるはずだ。
 
 左から図1,2,3,4 
左から図5,6,7,8 
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