東北の伝統的工芸品の復興再生のためのマーケティング考察 −雄勝硯産地における復興再生の課題− 金承漢

1.研究概要
 東日本大震災の影響で、国の伝統的工芸品である福島県の大堀相馬焼(陶磁器)、宮城県石巻市の雄勝硯などの産地が大きな被害を受けた。東北の伝統的工芸品を守り、再び立ち上がることができる方法を模索し、再生するためのプロモーション及びブランディングなどのマーケティング戦略を検討する。まず東日本大震災で被害を受けた伝統工芸品について調査する。現場を訪ねてヒアリングなどを行い、 その現状の諸課題を抽出する。また、東北経済産業局などから、東北の伝統工芸品の現状や被災状況などを取材、その再生策を検討する。特に津波により全工場が流され、従事者1人が行方不明になった雄勝硯の延命策について検討してみる。それらを通じ希少な価値を持つ伝統工芸品を復活再生するためのマーケティングの方法を東北地方を例に考察し、関係者に提案していく。

2.伝統的工芸品産業の現況
 経済産業省の伝統的工芸品に関する調査報告書『伝統的工芸品産業をめぐる現状と今後の施策について』により、伝統的工芸品産業の推移を見ると、「品目数」は211品目(平成23年現在)、「生産額」、「企業数」、「従業者数」は減少に歯止めがかからない状況である。

3.伝統的工芸品の教育機関と学生アンケートによる伝統的工芸品のイメージ分析
 学生へのアンケートの分析結果を整理してみると、以下の点が抽出される。?言葉としては理解しているが、実見する機会が乏しい。?伝統的工芸品という言葉からは、「日常品」や「実用性」をイメージできるが、実見する機会が施設等での鑑賞に限定される傾向が強く、どうしても「高価」、「鑑賞」、「文化財」という美術品的側面を強く捉えてしまう。?高齢化や後継者不足といった伝統的工芸品産業の問題を漠然としながら捉え「保護」の観点をもつ学生が少なからず存在する。ということが挙げられる。一口で言うと、若者の日常生活と伝統的工芸品とは離れた関係にあるが、産業や文化としての必要性は認識している。したがって、生活の中での伝統的工芸品の接触の機会を拡大し、その利活用化を推進していくことか必要となろう。

4.3・11東日本大震災後の東北の伝統的工芸品の現況
 東日本大震災の被害は、織物や陶器、木工品などの伝統的工芸品産業にも及んだ。経済産業省が把握した伝統的工芸品産業の被害は、宮城県石巻市雄勝町の「硯」全工場や工房や雄勝硯伝統産業館などが津波により流失。福島県浪江町の「大堀相馬焼」、岩手県盛岡市と奥州市の「南部鉄器」、茨城県笠間市の「笠間焼」、栃木県益子町の「益子焼」の産地は窯や型が崩れるなどの被害が出た。合計6品目の産地で生産設備や商品の被害を受けた。

5.伝統的工芸品の復興活動
 「がんばろう日本・がんばろう東北・春の益子陶器市」、「第2弾被害地域ものづくり支援」、地域再生発見プロジェクト「応援工芸市」、盛岡手づくり「工房祭り」、全国伝統的工芸品フェスタin会津、「工芸物産展」、東北・新潟伝統工芸逸品展、「硯」起き上がれこけし、藤原和博プロデュース新シリーズ「japan 311」、宮城の硯再生、販売−宇部・工芸品フェスタ、「フランス料理で被災地を応援しよう」、600年の伝統「硯の食品」で復興へ
 花束イベントと雄勝硯広報イベントとのコラボレーション、復興支援グッズ店「Send♥ai Reborn Stage」

6.雄勝硯の発祥
 雄勝硯の発祥は、口伝によって室町時代に岩手県東山町から技術が伝承されたと伝えられている。鎌倉の初期、源氏の佐々木高綱一族がこの地で硯を作った、あるいは、室町時代(1392〜1573)初期に遡るとも伝えられている。雄勝硯は、南北朝合体後の足利時代からすでに産出していたと推察されている。その後、葛西一族が滅亡した、天正19年(1591)、葛西左京太夫晴信公の高官半兵衛と称する人物が横沢村で硯切を行っていたが、その名を奥田安清と改め、雄勝の玄昌石を見立てて硯切り方となったと古い文書に記されている。江戸時代の初めには、牡鹿半島の遠島(とうじま)へシカ狩りに来た伊達政宗に、硯二面を献上したといわれている。以来、硯切りの技は秘伝とされ、代々伊達家のお抱えとなった。硯の原石が採られる山は、「お止め山(お留山)」として、一般の者の採石は許されなかったので、雄勝硯は、古くから、多量に産出されてはきたが、歴史的にはあまり知られるところとはならなかった。この地方は、奈良・平安の時代には未開の奥地、交通の不便さ、文人墨客の往来も乏しかったためともいわれている。

7.まとめ
 2012年1月現在、 雄勝硯生産販売協同組合では組合員は6人、硯の販売のみの再開で、生産には至っていない状況である。採石場への道路が震災で壊れたままとなっており、石の加工設備の調達も課題である。本格的な再開までの道のりは依然として険しい。
 硯の生産が再開できなければ、本来の復興にはつながらない。しかし硯の需要増加を期待するのが難しい現状である。日本の「書」文化、硯の文化的価値を人々に理解してもらい、さらに、彫り技術の保存、存続が重要であることを日本全国に示していく必要があると考える。ただ当面は「雄勝硯」への理解と啓蒙を図るため、雄勝石の多様な可能性を開拓し、産業基盤の再構築を図らねばならない。
 そのためのトライアルとして「雄勝石」の応用を進め、当面の利用の普及を図る。


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